魔王軍、解体します

川輝 和前

魔王メノの災難

魔王メノは魔王軍を解体した。


「これで…よかったんだ…」


解体の原因、それは、二日前に突如現れたある勇者の存在のせいだった。


二日前――


「魔王様、一つご報告があります。」


「ん?あぁリルメットか。どうした?」


その日、いつもの様に魔王城を散歩していた時の事だ。

魔王軍に仕える、四大魔族の一つである牛鬼族の長、リルメットから一つの報告が入った。


「すみません、我が軍が壊滅しました。」


「そうか……ん?えっ?どういうこと?」


「ですから、我が軍、昨日の昼に敗退しました。」


「えっ…はよゆえや…てかどういう事かの説明がないんだが?」


言われた内容にも驚いたが、その出来事が昨日の昼だということにそれ以上の衝撃をうけ、一周まわって冷静になる。


「申し訳ありません…昨日の魔王様は、支配したドレアーク王国の海辺の砂浜で、とても優雅に楽しく砂遊びをされていらっしゃったので…邪魔をしてはいけないかと…」


「いやいやいや!言うだろ!うわー、楽しそうに遊んでるー、壊滅したの黙っとこーとはならないでしょ?!報!連!相!初めに教えたでしょ?!」


「なります!!!とても可愛かったので!!!」


「えぇ…馬鹿じゃん…」


キレ気味に言い返され、困惑する。

確かに、遊んでいた。確かに、満喫していた。

だが、この報告は絶対的におかしい。


「あのさ…本当に…我が軍負けたの?」


もしかしたら、リルメットの世にも恐ろしい冗談という可能性もある。ほんの少しのその可能性にかけ


「はい。心を折られたのか、今はほとんどの兵士が自宅に引きこもっている状態です。四大魔族である龍魔族の長、ガルベイ。蟲魔族の長、ザダルガ。そしてあの暴れん坊の狂虎族のカバルア。す・べ・て敗北です。」


「……」


開いた口が塞がらない。最後に少し腹の立つ言い方をされたが、それすら気にならない衝撃の報告だ。


「ど、どこの軍がやった…」


時間が経つにつれ、怒りが湧いてくる。


「どこのどいつだ…」


我が魔王軍は、圧倒的な力をみせ、力の差を悟らせることで、相手を降伏させ支配してきた。

戦いになっても、両軍に死者だけでなく怪我人もでないように戦い、戦いの後は、建物や土地の復興を全て請け負い、支配させていただければ、その後の金銭面もその土地の全員分保証するといった、かなり良心的に活動してきたというのに


「そう言われると思い、わたくしリルメット、その一部始終をパシャリ魔石に撮ってあります。ご視聴されますか?」


リルメットはそう言うと、ポケットから一つの魔石をとりだす。この魔石に魔力を込めている間、自分の正面にある光景を、中に映像として記録できるという石なのだが


「…撮ってるんだ。リルメット、あなた凄い度胸ね。そんなドヤ顔で言われたら、怒る気にもなれないわ。」


「…お褒めのお言葉、ありがとうございます?」


リルメットは少し首を傾げながら、笑顔でそう答えてくる。ただ、そこに嫌味があるわけじゃないから困るのだ。

リルメットとは昔からの付き合いなのだが、昔から彼女は相手の発言の意図を察するのが鈍いところがある。


(いい子なんだけど…ね。)


忠誠心だけで言えば、魔王軍一と言っても過言ではないだろう。ただし、一つ一つの行動が奇想天外で、迷惑をかけられるのも魔王軍一なのが残念なところである。


「…それでいいわよ。全くもう。折角だし、映像があるなら見せてもらおうかしら。」


「は、はい!では、映像を放出しますね!蓄積魔力、解放。」


魔石が黒く光りだし、魔王城三階の壁に一つの映像を映し出す。


「む…ここはラジャスト平原か。」


映し出されたのは、魔王城から遥か西に位置する場所にある、ラジャスト平原と呼ばれる場所だった。

魔王軍として、初めて支配した小さな村の近くにある、それなりに広いが何も無い平原だ。


「ここが、初めに犠牲になった場所です。」


「なに?ありえないだろう…だってここには…」


リルメットの報告を信用しない訳では無いが、それは考えられない話だった。

かつてラジャスト平原は、魔狼族という魔王軍にも属さない一族が支配していた土地だった。敵対種族の獲物を横取りし生活している奴らで、近隣の村は困り果てていた。


そこで私は、近隣の村の人達の信頼を得るいい機会だと思い、魔狼族を追い払うために軍を派遣した。

エリートゴブリンの群れだ。ゴブリン族の中で優秀な個体だけで編成された部隊。その数、二十万。


その後、ゴブリン達にはその村と遠くの国を繋ぐ架け橋となってもらい、村の発展及び村の護衛としてラジャスト平原に常駐してもらっているのだが


「現状、人側でエリートゴブリン二十万をどうにかできる軍は、この世には存在しないはず。何があった?」


映像にはまだ元気なゴブリン達の姿が映っている。

魔王軍の主力ではないにしろ、戦うとなれば魔王軍でも手を焼く大部隊だというのに。


「…きます魔王様。」


「くる…?」


リルメットがそう言った直後のことだった。一つの落雷が、ゴブリン達の群れの中心に落ちた。

凄まじい轟音と衝撃が映像越しでも伝わってくるほどに、強力過ぎる落雷だった。


「なんだ?!」


今の落雷の近くにいたゴブリン達は皆、映像からでは見えない場所まで吹っ飛んだようで、映像は、一歩先も見えないほどの砂煙によって、何も状況が伝わってこない状態となっていた。


そして、砂煙が薄くなったところで、映像の中心に一つの影が映る。


「…人?いや、でかくない?」


その影は人型だった。ただ、見た感じ巨人族にも負けない大きさの、まさに規格外の影で。


砂煙がはれ、その姿が映される。全身に銀色に輝く鎧を身につけ、一振の大きな棒を右手に持っている騎士のような小さな巨人がそこには立っていた。


「あれが…我が軍を敗北に追い込んだ一人です。」


「えっ…ひ、一人?本当?」


その問いにリルメットが答えるよりも先に、解答が映像に映しだされる。

小さな巨人が棒を一振り。その直後に、その規格外の騎士に襲いかかっていたゴブリン達が空の彼方へ。


「えっ…えーーーーーー!!なにそれっ!!こっわ!!」


特に大きく振ることも無く、軽く振っているようにみえたのだが、エリートゴブリン達数体が空の彼方へと飛んでいってしまった。


「魔王様、驚くのはまだ早いです。レベル鑑定を使ってみてください。」


「な、なに?」


リルメットにそう言われ、スキルであるレベル鑑定を使用する。この能力は、凝視した相手の実力をレベルとして数値化できる能力なのだが


「は…はは、リルメット、これ…レベル…桁がいくつあるの?」


パシャリ魔石による映像は、それなりにでかい横映像なのだが、そこに収まらないほどの丸が並んでいた。


「いくつあるかは分かりませんが、少なくとも魔王様の百倍以上はあるかと。」


「ふぁーーーーーーーっ!」


一日に、しかもこんな短時間で、二度も開いた口が塞がらなくなる日がこようとは。


「そして私は、この騎士を最強の脅威として認識し、四大魔族に知らせに戻り、向かわせました。」


「へ、へー、そそそそ、それで?」


もはや分かりきっている事だが、間違いということが


「結果、全員空の彼方へ消えました。」


「でしょうね!!」


「ですが、安心してください。空の彼方へ消えた者は全員戻ってきており、今は自宅にて、震えて引きこもっています。」


「安心できなくない?!てか、させる気なくない?!」


今の報告でどこに安心できる要素があったのか。

と、そこまで考えたところで一つの疑問ができた。


「ん…?待って?あなたは何してたの?撮ってたってことは近くにいたのよね?まさか、仲間に行かせといて自分はずっと見てただけなんて言わないわよね?」


当たり前の話だが、パシャリ魔石でここまでの事を撮るには近くにずっと居る必要があるわけだが。


「……」


「ビビったなお前。」


「だ、だってぇ…怖いじゃないですかこんなの!どうしろって言うんですか!」


「いやいや!だからと言って、それは酷くない?!仲間呼んで、自分は戦わずで、ただ仲間がボコられるのをみてたの?!」


流石にクズだと思う。だが、そう思った直後


「じゃ、じゃあ魔王様を呼んでよかったんですか?!はっきり言って、二度と砂遊びできない身体にされてましたよ?」


「あ、あなた失礼過ぎない?!私、一応あななの上司で、魔王なんだけど?!」


「それじゃあ、呼んだら助けてくれたんですか?」


「無理。」


それは無理だ。それを言われると何も言い返せない。 なんなら、呼ばなくてありがとうぐらいに思っている。

とはいえ、全ての映像を見なくても、我が魔王軍が壊滅したのは事実であろうことは分かる。


あまりに突然すぎるが、受け入れるしかない。


「ぐぅ…おのれ…これからどうすれば…」


本当に明日からどうすればいいか分からない。


「あ、魔王様。その事なのですが、魔王様がそう言われると思われてか伝言があります」


「は?伝言?誰から?」


唐突にリルメットにそう言われ不思議に思う。

今更一体誰が私に伝えたいことがあろう。自分の軍が怪物と戦っている間、砂遊びをしていた魔王だぞ。


「では、再生します。」


リルメットはそう言うと、もう一つ別のパシャリ魔石をポケットから取り出し、映像を映しだす。


「あ、あー。テステス。よお魔王さん、初めましてだな。っておい、あんた、本当にこれで使い方あってんだろうな?」


「は、はいいい。それで大丈夫ですぅ。」


「よし、ちゃんと録音するからよ。ちゃんと届けろよ?」


「はい。喜んで届けさせていただきます!」


そこに映っていたのは、先程の小さな巨人の騎士で、その騎士と共に聞き馴染みのある声が一つ。


「リルメット…?」


「……」


「パシられてんじゃん!」


「すみませんすみません!とりあえず何も言わずみてください!」


リルメットはまだなんとか残ってくれていると思っていたが、一番酷かった。


「まぁ、なんだ。色々話すの面倒だからよ、手短に言うわ。この動画が届く頃には、お前以外の魔王軍は全員殴ってると思う。それでだ、俺からの要求は一つ。魔王軍を解体しろ。そして三日以内にそれを世に公表しろ。」


「な、なんだと?!」


ふざけた話だった。辞めろと言われて辞める魔王がどこいる。


「もし公表が無かった場合、強制的に退場してもらう。分かりやすく言うと、俺がお前さんを宇宙の果てまで殴り飛ばす。」


「えー……」


「以上。あっ、最後に俺は勇者ザイルマン。公表待ってます。」


そこで映像は途切れた。


「魔王様、どうなさいますか?」


リルメットが心配そうにこちらをみつめてくる。

心配されなくても、魔王として役目はしっかりと果たす。


「解体します。」


魔王軍、解体します。

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魔王軍、解体します 川輝 和前 @maetyan

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