荒鷲帰還 4

 フレイウスはただちに話題を変えることにした。


「そんなことよりパトロクロス、ティリオンさまはお前のことを、とても迎えに行きたがっておられたぞ。


 今日は朝からお前の帰ることを何度も口にされ、何とか港まで迎えに行く時間は取れないか、と尋ねられていた」


「ほんと、ほんとかっ?!」


 とたんに顔を輝かせて念を押すパトロクロス。


 フレイウスは頷いた。


「ああ、ほんとだ。


 だが、衣装合わせの方が大事だ先だといって、ゼウクシスが離さなかったので、おいでになれなかったんだ」


 寄ってきた双子も口々に言った。


「ゼウクシスに何度も着替えさせられて、ティリオンさま、とても疲れた顔をしてらしたよ」


「アクセサリーも山ほど付けさせられて、すごく重そうだった。ティリオンさまがお気の毒だよ」


 パトロクロスは胸の前でこぶしを震わせた。


「ちくしょー、あの気取り屋おしゃれ孔雀くじゃくめー。


 俺の大事なティリオンさまをいじめてやがるな! それは許せねぇっ。


 よぉし、今から悪のおしゃれ孔雀くじゃくの魔の手より、ティリオンさまを救出する作戦を行う。


 お前たちは斥候せっこうとして、一足先に行って様子をみてくるんだ!」


「はいっ」


「了解っ」


 芝居かかったしぐさでかかとをつけ、こぶしを胸にあてる敬礼をした双子は、クスクス笑い合いながら小走りに駆けて行った。


 フレイウスとパトロクロスも並んで歩き出す。


 パトロクロスが小声になって、言った。


「それにしても、お前たちがここに来て、ティリオンさまのお付きがゼウクシスひとりで大丈夫なのか?


 ヤツの剣は、ただのお飾りだぞ」


 フレイウスは薄く笑った。


「いらっしゃる服飾店は『三美神カリテス』だ。


 あそこはピレウスの情報収集拠点も兼ねていて、店主のメノスはじめ、店員全員がランベル将軍の部下の諜報員だ。


 いざとなればなまじの護衛兵より、ずっと腕がたつ」


「なるほど。さすがフレイウス、ぬかりはないな」


 納得して頷いてから、パトロクロスはさらに声をひそめた。


「なあおい、さっき俺はふねの上からあの双子を見て、ぎょっとしたぜ」


「ぎょっとした?」


 語尾を上げてフレイウス。


 パトロクロスはいがらっぽい顔をしていた。


「ずっと海にでていて、久しぶりにあいつらと会う俺だからよくわかるのかもしれんが……


 あいつら……あいつら……オレステス父上の若い頃とそっくりになってきてやがる!


 以前から髪の色も目の色も顔立ちも、なんか似てるなー、とは思ってたんだが、もう今やそっくりだぜ。


 俺はあの時、オレステス父上が急に若返って、二人に増えて立っているのかと思ってマジでびびったんだ」


「ああ、そのことか」


 フレイウスは苦笑した。


「確かに、よく似てきているな」


「だろ、だろ、だろっ!」


 パトロクロスは興奮した様子でフレイウスの二の腕をつかんだ。


「あいつら、絶対に間違いなく、オレステス父上の実の子だ!


 さっきおしおきしてるときも、俺、途中でオレステス父上の頭をゲンコツでぐりぐりしてるような気になって、引いちまったんだ。


 『アテナイの論理頭脳』とまで呼ばれる我らが父上、オレステス将軍の頭を、ゲンコツでぐりぐりだぜっ!


 俺は、俺は、なんて恐ろしいことをしちまったんだ。


 もう俺、ヤツらが悪さをしても、オレステス父上と錯覚してびびるから、おしおきできんかもしれん」


 ククククと、忍び笑いをするフレイウス。


「お前の気持ちはわかるが、頭の中身のほうは非常に残念ながら、そんなに父上と似ていないようなので、安心するといい。


 あいつらが悪さをしたら、父上とは違うんだ、とそれこそ割り切って、おしおきをすればいいと思うぞ」


「お前みたいにそんなにあっさり割り切れるかなぁ。


 あいつら、見た目だけにしても似すぎてる。尾をひきそうだ」


「なぁに、久々に会ってすぐだから、そんな気分になるのさ。


 大雑把おおざっぱ無遠慮ぶえんりょなお前のことだ、たとえ割り切れなくてもすぐに慣れる。大丈夫さ」


「……それ、けなされてんのか褒められてんのか、よくわからんな」


 つかんでいたフレイウスの腕を放し、不満げな顔をするパトロクロス。


 その横で、ハハハハ、と軽く声をたてて笑ったあと、フレイウスは真面目な顔に戻って言った。


「だが、あのふたりが、おそらくオレステス父上の実子だろうということ、おまえの口からはふたりには言うなよ」


「もちろんだ!」


 大きく頷くパトロクロス。


「口が裂けても言うもんか!


 それどころか、あいつらが鏡を見てもそれに気付かないでいてくれることを、俺は毎日祈るよ。


 もしあいつらがその気になって、オレステス父上の小言こごとの口真似でもしはじめたら……ああっ」


 パトロクロスは頭を抱えた。


「パトロクロス、お前は魚の臭いがするぞ、風呂に入れ。

 パトロクロス、落とした泥は自分で掃除しろ。

 パトロクロス、喧嘩はほどほどにしろ。

 パトロクロス、やたらと物を壊すな。

 パトロクロス、汚い手でつまみ食いするな。

 パトロクロス、せめて公式の場ではくつをはけ。

 パトロクロス、会食の席で鼻をほじるな、居眠りするな……


 ああああ、父上そっくりのあの顔でそんなこと言われたら、俺はもう、おかに上がれなくなっちまうぜ!」


 フレイウスはまたもや吹き出した。


「ぷっ! ハハハハハハッ。どれもこれも、あたりまえのことを父上は言われていると思うがな」


 パトロクロスは、いかにも悲し気な顔になった。


「本物のオレステス父上に言われるんなら、仕方ない。


 けど、あいつらが口真似して言い始めたら、俺の感じやすい心は耐えられん!」


 笑いながら横眼で見る、フレイウス。


「ハハッ、感じやすい心、なんぞがおまえあったのか。


 ま、言われたくないのなら、以前から父上のおっしゃっていることをきちんと守ればいい」


 はぁーっ、と大きなため息をつく、パトロクロス。


「それができりゃ、苦労はしないぜ」

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