第32話 刹那恋情その3
「そういう虎島さんとまりあは、どうなってるの?」
紅茶で喉を潤わせた梢が涙目のまま問いかけてくる。
彼女が本当はそれを訊きに来たことは、分かっていた。
おそらく梢の事だから、すでに幸徳井を問い詰めた後なのだろう。
この様子だと、幸徳井は口を割らなかったらしい。
挙式を控えた梢を不安にさせないためか、それとも別の意図があるのか。
「・・・・・・・・・」
「付き合ってないんだよね?でも、ええっと・・・・・・昨夜は、虎島さんの家で過ごしたの・・・?」
梢の頭の中で、虎島とまりあがどういう関係性になっているのか考えるまでもない。
「言っときますが、セフレじゃありませんよ」
ズバッと確信を突いたまりあに、梢がひえっと肩を撥ねさせた。
「そ、そそんなことは思ってないけど」
あんな掃き溜めに暮らしていたのに、やっぱり彼女は純粋なまま。
淀みや歪みを知らない清らかさは、出会った頃から少しも損なわれていない。
この子の健やかさを守るために、自分がしてこれたことはなにかあっただろうか。
「・・・・・・私、昔はお嬢様のことが嫌いでした」
唐突に切り出したまりあの声に、梢が一瞬目を瞠って、すぐに頷いた。
「うん。知ってる」
「私があの頃憧れてた色んなものを一瞬で手に入れて、愛されていくお嬢様を見ていると、自分が惨めで、悔しくてたまりませんでした」
「うん。でも、それでも、乾のおじさんの命令だから我慢して側に居てくれたんだよね」
「最初は・・・そうでしたけど・・・いまは違います。いまは、純粋に梢お嬢様のことが好きですし、正直、幸徳井にやりたくないなと思ってます」
幸徳井というか、きっと相手が誰であれ梢を連れ去る相手を憎らしく思うだろう。
まりあの告白に、梢が照れくさそうに笑った。
「・・・・・ありがとう。そんなに好きになってくれて嬉しい」
「だって・・・一度も私の事、疑わなかったでしょう?・・・いつも全力で信じて私の後ろをついて回って・・・」
父親から何度も言い含められていたので、必死に梢の前では笑顔を取り繕っていたつもりだが、まりあ自身高校生だったし、すべての感情を隠しきれてはいなかったはずだ。
けれど、梢はどんな時もまりあのことを信じ続けてくれた。
「ほかに頼れる人、いなかったもの。あの頃お母さんは半日起きてるのもやっとだったし・・・身近で私がすがれる相手って、まりあだけだったのよ。だから、迷惑だったとは思うけど、一緒に居てくれて感謝してる」
「私も、側仕えを外さずにいてくださって、感謝してます」
梢が新しい環境に慣れるまで、と始まった二人の関係は、そのままずるずる続いて、それは社会人になった今も変わっていない。
昔ほどべったり一緒にいることはもうないが、義兄の要のように、別に仕事を与えられて専属を外されることはまりあに限っては一度もなかった。
未だに梢の家族や有栖川警備の社員たちは、まりあを所用で連れ出す時には梢の許可を求める。
梢は、まりあにとって、初めて絶対的な信頼を寄せてくれた女の子だった。
あんな風に誰かに必要とされたのは、後にも先にも一度きりだ。
「何もかも・・・は無理でも、話せること、何かない?いまの私じゃ、まりあの力になれないかな?」
眉を下げて無理に微笑む梢の表情はぎこちない。
彼女がどんな思いでここまで来たのか考えたら、これ以上隠し続けるわけにはいかないと思った。
「・・・・・・・・・私自身、まだよく分かっていないんです・・・とりとめのない話になるんですが・・・」
「どんなことでもいいよ。まりあが伝えてくれることなら、何でも聞くから」
身を乗り出す梢に、虎島から渡されたオメガバースに関する資料を手渡した。
眉根を寄せた梢が、難しい顔でそれに目を通していく。
次第に険しくなっていく眼差しは、少し前の自分のようだ。
「その資料にある、オメガ、という性質を持っているのが、私です・・・・・・それから・・・・・・アルファの性質を持っているのが、虎島さんなんです・・・」
「・・・・・・・・・え、じゃあ、昨日のあれは・・・」
驚きの眼差しを向けてくる梢に、こくんと一つ頷く。
「
「・・・・・・二人は・・・運命の番なの・・・?」
「・・・どうでしょう・・・・・・彼に身体を委ねてしまえるのは、私自身が惹かれているせいなのか、それともオメガの私が焦がれているせいかのか、分からないんです・・・・・・あの人の事、ずっと苦手でしたし・・・」
会うたび呼ばれたくない名前で呼んでくる不躾な男。
出来るだけ関わりたくないタイプだとずっと思っていた。
まりあの言葉に、梢があれ?と首をかしげる。
「でも、いまはもう過去形なんだ」
「・・・・・・・・・」
「虎島さんには正直不信感しか持ってなかったけど、いまの話聞いてちょっとだけ安心した。まりあは、誰にでも自分を預けられるタイプじゃないよね?あの時、虎島さんを呼んだのはそういうことなんじゃない?」
絡まっていた糸をするする解く優しい声に、目から鱗が落ちていった。
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