第33話 永遠花冠その1

涙にむせぶ有栖川と、ほんの少し寂しそうな兄たちに見守られて、重たいドレスを引きずりながら介添人となってくれた母親代わりの舞子と共に、梢が三回目のお色直しに席を立つ。


前撮り写真の撮影にも立ち会ったが、やっぱり今日の本番のほうが綺麗だ。


身内総出で選んだウェディングドレスと色打掛には、当然まりあの一票も入っている。


有栖川がどうせなら似合うものはすべて着させようと言ってくれて本当に良かった。


あのままだったら、挙式の前に身内で内乱が勃発するところだった。


家族挙式用に丸一日貸し切りで押さえた結婚式場のスタッフには申し訳ないが、今日は一日梢のために頑張ってもらうしかない。


会場に設置された録画用のカメラと、専属カメラマンとは別に、有栖川家のなかでは一番機械関係に強い梢の兄、みちがずっと動画を撮影している隣では、すでに酔っぱらっている永季が、義兄妹の聡と哲一の肩を抱いて何やら喚いている。


涙でぐしゃぐしゃになった有栖川に、梢によってテーブルに用意されていた新しいハンカチを差し出すのは乾で、グラスが空になる前にビールを継いでいるのは要だ。


有栖川家ではよく見られる光景だ。


幸徳井家のテーブルはというと、久しぶりに見る鷹司瑠偉たかつかさるいが、上座に一番近い席に座っていた。


本来ならば、瑠偉の隣には永季が座るはずなのだが、今日は有栖川家として出席のためこういう席並びなる。


そして、永季の代理を務めるべき人間はというと。


「まりあちゃん、ノンアルなら、シャーリーテンプルとか、サラトガクーラー、どうです?」


ドリンクメニューを指さして尋ねて来た虎島に、まりあは思い切り顔をしかめた。


「・・・・・・どうしてあっちに座らないんですか」


礼装姿とは不似合いな、いつもの読めない食えない笑えない笑みを貼り付けて、虎島が肩をすくめた。


「どうしてって・・・ねえ?・・・気になる相手がここにいるから」


「っちょ!」


「は!?虎島てめぇどういうことだ!?」


有栖川が刑事だった頃からの知り合いで、最古参の西代が気色ばんだ声を上げれば。


「おっまえ何勝手にうちのまりあに唾つけてんだよ!」


有栖川警備の中では若手になる須磨がテーブルを叩いて喚いた。


「西代さん、須磨さん、落ち着いてください。お祝いの席ですよ!虎島さんも勝手なこと・・・」


「ああ、まあ、唾ならとっくに・・・ねぇ」


これ見よがしな視線を向けてくる虎島から勢いよく視線を外せば。


「はあああ!?」


「おま、おまえええええ!」


怒声を上げた二人が虎島に詰め寄りそうになったので慌てて間に入った。


庇いたいわけでは無いが、ここで面倒事は困るのだ。


「じょ、冗談ですから!虎島さん、私サラトガクーラーにします。注文して来てもらえます!?あとでそちらの席に行きますから!」


必死に目配せして、さっさと席を立てと訴えれば。


「サラトガクーラーね、はいはい」


了解ですよと飄々とした態度で虎島が席を立ってくれた。


ほっとしたのもつかの間、須磨がずいっと身を乗り出してくる。


「冗談って、まりあちゃん、質悪ぃよ!なんでよりによって幸徳井の人間なんすか!俺がいるでしょ俺が!!!」


「須磨、お前のことはどうでもいい。それよりまりあ、虎島から言い寄られてんのか?困ってんならどうにかしてやるぞ」


ここぞとばかりにアピールしてくる半グレ上がりの須磨の頭を押しのけて、西代が窮屈なネクタイを緩めながら尋ねて来た。


「・・・・・・言い寄られてるというか・・・・・・」


あの日、家にやって来た梢からの鋭い指摘で、自分の中にあった心の声に気づいてしまった。


だから、もうこれまでのように突っぱねたり否定したりすることが出来ない。


始まりはオメガの発情ヒートだったけれど、今やまりあの心も、虎島のほうに傾いている。


が、それを虎島に直接伝える勇気はまだない。


このまま一方的に彼の好意に甘えっぱなしなのは良くないということも分かっている。


けれど、彼に自分の気持ちを伝えるということは、オメガとアルファとして、向き合うということで。


その先にある番契約のことを考えると、どうしても二の足を踏んでしまうのだ。


何と答えるべきか迷っているうちに、これまでの虎島との様々な(主に発情ヒート中の)出来事が甦って来て、勝手に頬が熱くなってしまう。


これでは梢のことをどうこう言えない。


最後まで致していないだけで、それ以外のことは一通り経験してしまったのだから。


彼はまりあを甘やかすばかりで、自分の劣情をぶつけようとはしてこなかった。


きっと、まりあの気持ちを待っているのだ。


「え、なに、まりあちゃんもその気なの!?なんで!?俺何回も飯行こうって誘ったでしょ!」


「須磨、お前はちょっと黙ってろ。まりあ、困ってるわけじゃないのか?」


西代は人情味溢れる男だ。


有栖川警備の若手が、社長と並んで父親のように慕っている彼は、どこまでも義理堅い。


まりあの返答次第では本気で虎島を詰めに行くかもしれない。


「・・・・・・・・・・・・ハイ」


こくんと小さく頷けば、須磨の情けない悲鳴と、西代の分かった、という低い返事が返って来た。






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