第34話 永遠花冠その2

ライム果汁とシュガーシロップをジンジャエールで割ったさっぱりとしたサラトガクーラーをストローで吸い込む。


飲酒によって突発的発情トランスヒートが引き起こされるかは定かではないが、万一梢の家族挙式でそんなことになっては目も当てられない。


ここ最近は自宅でもお酒を控えているまりあである。


「何かあっても俺が居るでしょうに」


大盤振る舞いの大吟醸を煽った虎島は、顔色一つ変えていない。


虎島にお願いしたノンアルコールカクテルが届くと同時に手招きされて、須磨からの追及を逃れたいせいもあって、幸徳井家のテーブル席にお邪魔している。


「これも仕事の延長ですから・・・仕事の時は飲まないんです」


「まりあちゃんらしい・・・・・・ところで、さっきからおたくのテーブル席で泣いてる男は?」


ついと視線を有栖川家のテーブル席に向けられて、気まずい気分で口を開く。


「え・・・ああ・・・・・・須磨さんです・・・」


「何て口説かれたんです?」


「っへ!?べ、別に・・・なにも・・・」


これは本当だ、嘘じゃない。


須磨から告白されたこともなければ、それっぽい事を言われたこともなかった。


「なにもって感じじゃあありませんけどねぇ・・・」


「・・・仕事帰りに飲みに誘われたくらいです」


「それで?」


「・・・お断りしました」


「へぇ」


行儀悪くテーブルに頬杖を突いた虎島が、にたあと目を細める。


「ちょっと・・・」


いくら家族挙式とはいえ、すぐ目の前には幸徳井もいるし、鷹司だっているのだ。


顔をしかめたまりあに、鷹司が涼やかな目元を向けて来た。


「気にしませんので」


「だそうですよ。須磨さんは、まりあちゃんの好みじゃないと」


「そうじゃなくて・・・」


挙式の前に鷹司には挨拶をしたし、彼と会うのは初めてではない。


幸徳井と同じ人種だと一目でわかる細面は観賞用としては申し分ないが、常に側に居られると心臓が落ち着かない。


どうして有栖川家に仕えているまりあが、虎島に呼ばれていそいそと幸徳井家のテーブルにやって来て隣に座っているのか、訝しむ視線を向けてくるものの、鷹司はそれ以上何も言おうとしなかった。


訊かれても答えられないのだが。


何とも居心地の悪い席順だが、グラス片手に席を立とうものなら、虎島が追いかけて来そうで怖い。


「社内恋愛は仕事に支障が出るので避けたくて、誰から誘われてもずっとお断りしてるんです」


声を潜めて進言すれば、虎島がなるほどと頷いた。


ただでさえ縁故雇用で、父親と兄が同じ職場なのに、従業員とそういう関係になれるわけがない。


そもそも須磨がどれくらい自分に本気だったのかもよくわからないのだ。


食事行きません?飲み行きません?→結構です、のやり取りが定番化しすぎていたので。


彼が本気で自分に好意を寄せてくれていたのなら、申し訳ないことをしたな、とは思う。


「俺となら社外恋愛ですねぇ」


冷酒を手酌する虎島を、鷹司が一瞥して無言で席を立った。


ポケットから煙草を取り出した彼が静かに後方のドアに向かう。


まるで後はお二人でご自由に、と放り出されてしまった気分だ。


心許ない気持ちで隣の虎島を睨みつける。


私は心のどの部分で、この男に惹かれているのだろう。


あの夜助けてもらったから?二度目の夜も優しくして貰ったから?


オメガを自覚したまりあの最初の理解者だから?


それとも?


「・・・・・・・・・」


「梢お嬢さん、綺麗ですねぇ」


お色直しから戻って来た梢は、ミントグリーンの涼し気なオフショルダードレスに着替えていた。


下ろし髪をサイドに流してそのうえから小さな花がいくつも飾られている。


「・・・・・・そうですね」


沈みかけた思考を浮上させて、眩しいばかりの笑顔を振りまく花嫁姿の梢を目に焼き付ける。


「ああいうの見たら、私もーとか思いません?」


「・・・・・・私、ゆくゆくはお嬢様のお子様のシッターになるのが夢、というか、目標だったんです」


梢が見つけた新しい幸せに寄り添って、側でそれを見守れたら、とずっとそう願っていた。


「・・・だった、ってことは、新しい夢が出来た?」


「・・・・・・・・・自分がオメガだってことが分かってから、そういう未来を考えなくなりました」


「なら、これから一緒に考えましょうか。俺と居たら苦労はさせませんよ。あんたの体調の変化にだって対応できるし、楽にしてやることも出来る」


それは、番契約のことを指しているのだろうか。


虎島は、どれくらい先の未来のことを話しているのだろう。


「・・・・・・・・・気苦労はしそうですけどね・・・っなに!?」


小さく笑ったら、急にグラスを握る指の上に大きな手のひらが重なった。


身を乗り出した虎島が、まりあの顔を覗き込んでくる。


「・・・・・・・・・初めて否定しなかったな」


「・・・・・・・・・手、離してください」


「須磨さんには、思わせぶりな態度を取ったりしてない?」


「ただの同僚ですよ」


「次に食事に誘われたら、俺の名前出して断ってくださいよ・・・ね?」


念を押すように指先に力を込められて、まりあは大急ぎで視線をテーブルの上に逃がした。

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