第38話 不滅万象その2
「あれ、なんだまだ残ってたのか・・・何、若そんな仕事残してんの?」
0時を過ぎてオフィスに戻った永季が、席に残ったままの虎島を見つけてひょいと眉を持ち上げた。
裏仕事に出かける永季は、いつもチンピラ然とした派手な恰好を好む。
今日もどこで買ったのか不思議になるようなサテンのシャツにストライプのスーツ姿。
これで部屋のドアを蹴りつけられたら住人は震えあがることだろう。
胸元から取り出されるのが、拳銃ではなくて警察手帳でも。
「仕事はまあそれなりに、永季さんのこと待ってたんですよ」
「うわ、怖ぇなおい。俺襲われんのかよ」
わざとらしく自分の身体を抱きしめるガタイのいい男を見上げる。
永季は出会った頃からずっとこの調子だ。
相手が誰であっても態度を変えないこの男の図太さには恐れ入る。
「それモンの映像系見過ぎですよ。深夜のオフィスでイチャイチャすんのは三十路過ぎのおっさん二人じゃねぇです」
ああ、そういえば最近はそっち系見てもないな、とぼんやり思いながら液晶画面から視線を外した。
映像を見ずともなまめかしいまりあとの記憶で十分抜けるのだ。
「はは。まあ確かに、んで、どした?」
「・・・乾さんとこの長男って・・・あれも養い子ですよねぇ?」
「ん?要?ああ、まりあも要も、貰われっ子。お、なに、揉めた?つか、お前ら付き合ってんの?まさかその気もねぇくせに手ぇ付けてねえだろな。俺だけじゃなくて、うちの家全員敵に回すよ?」
目を据わらせた永季の低い問いかけに、なんと答えようか迷う。
付き合ってはいない、が、ヤることはまあそれなりにヤっている。
が、あれはいわば救済措置のようなもので、まりあの心はそこにはない。
虎島としては、身体から先に堕ちてくれるのでも大歓迎なのだが、彼女の性格を考えるとそれはまず難しいだろう。
だから、あくまであれは救済措置の位置づけだ。
意識を失うまでまりあだけ満たして、余すところなく焼き付けた記憶を引っ張り出してお預けを食らって痛いくらい張り詰めた自身を慰める。
一ミリもまりあの意に沿わないことはしていない。
今日、有栖川警備を訪問したのは、そろそろ次の
彼女のそばに行けば、オメガの放つフェロモンの香りで
本人が無意識のうちに
あくまでまりあの安全のために、彼女の様子を伺った先で、まりあの口から決定的な一言が聞けるとは思ってもみなかった。
家族挙式の会場で、初めて肯定的な返事を口にしてくれたまりあに、期待を抱いた虎島の心は、彼女からの告白で一気に浮足立った。
『わ、私は・・・いま・・・・・・虎島さんを、好きになって・・・行ってる・・・最中だから・・・・・・その・・・』
耳まで赤くして要に向き合ったまりあの紡いだ言葉は、虎島の渇いた心を一気に満たして潤わせてくれた。
彼女の心が自分のほうに傾いているという確信があるからこそ、気になることがあるのだ。
「梢お嬢さんからどやしつけられるようなことはしてませんよ」
「・・・梢かよ」
額を押さえた永季が、絶対泣かすなよ、と釘を刺してくる。
これは、まりあだけではなくて、梢も、という意味だろう。
「・・・・・・泣かせたくないんですが・・・・・・あのお兄さん・・・邪魔ですねぇ」
虎島に向けられた殺気は、脅しではなかった。
本気で自分のものを奪おうとする相手を射殺す勢いで向けられた視線。
彼がまりあに対して抱いているのは、兄としての庇護欲でも、家族としての親愛でもない。
虎島がまりあに対して抱いているような、どろどろの独占欲だ。
あの男の頭の中で、まりあがどうされているのか想像しただけでぞっとする。
「・・・・・・邪魔って言われてもなぁ・・・要、そうとうまりあのこと気に入ってるしな」
昔っからシスコンなんだよあいつ、と永季が続ける。
「実家住まいじゃなくて良かったですよ」
「なにが?」
「あの男の側に置いておきたくないんで」
もしもいまも二人が一緒に暮らしていたなら、有無を言わさず自宅に連れ戻っていたはずだ。
花の香りを振りまくまりあの側にいたら、どれだけストイックな男でも本能には逆らえない。
名ばかりの兄妹の絆なんて、色欲の前では無意味だ。
「・・・・・・お前がほんとにまりあのこと思ってんなら、あいつは納得するとは思うけどな」
「あー・・・正直納得とかどうでもいいですね・・・俺はあのお兄さんにどれだけ憎まれても構わないんで」
あの義兄が妙な動きをする前に、まりあの心を確実に捕まえておかなくてはならない。
彼が有栖川の関係者でなかったら、とっくに人を使って消しているところだ。
が、乾は有栖川の右腕なのでそれは出来ない。
まりあを泣かせず穏便にあの男を排除する方法。
口に出せない方法ばかり思いつく虎島の冷淡な表情を見つめて、永季がポケットから煙草を取り出した。
「・・・・・・あのさ、頼むから、血みどろはやめてくれよ」
「しょっちゅう返り血浴びて返って来る人がそれ言います?」
すべての行いが雑過ぎると鷹司から毎回クレームが飛んできていることを棚に上げた発言に、虎島は差し出された一本を受け取って返した。
「・・・たしかに」
頷いた永季が、凭れていたデスクから離れて、でも今日はスーツ綺麗だろ、と子供の様に胸を張った。
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