第37話 不滅万象その1
要にとってまりあは、あの日までずっと妹だった。
血縁関係はなくとも、子供の頃から知っている相手に邪な興味を抱いたことなんてない。
乾の家に引き取られてからも、少しも笑わない、感情を表に出さないまりあのことを、父に言われて兄として気にかけるようになって、そのうちまりあが少しずつ笑顔を見せるようになって、その変化が嬉しくて、これが兄弟愛なのかと勝手に納得していた。
永季から、お前は分かりにくいシスコンだ、とたびたび言われては来たが、さっぱり身に覚えがなかった。
有栖川家のような強い結束は、要とまりあの間にはなかったのだ。
適度な距離でお互いを見守りあうような間柄は、要の性格的にはちょうどよかった。
だから、当然妹の恋愛に口を挟んだことなんて一度もない。
相手の男はしっかり選べ、と最低限の助言はして来たけれど、そもそもまりあが選ぶ相手は、公明正大を絵にかいたような誠実で温厚な男ばかり。
有栖川警備に入社するにあたって、父親の立場を考えて社内恋愛は控えろと、言ったのも、有栖川の元に集まる人間は基本的にいわくつきの男ばかりだったから。
訳アリの人間を抱え込んで守ろうとする有栖川の懐の広さには感心するし、自分もその恩恵を受けてはいるが、妹に同じ世界の人間と添い遂げて欲しくはない。
梢がまりあを望まなければ、早々に有栖川から遠ざけたかったのが要の本音だった。
まりあは、いくらだって別の道を選べるのだから。
そんな要の願いも虚しくお互いにべったりなまま大人になった二人は、揃って有栖川警備に入って来て、結局要は二人のお目付け役を継続することになった。
梢と幸徳井の結婚が決まって、これが終わったら今度こそまりあが自分の人生を考える番だ、そう思っていたのに。
最初の異変は、熱を帯びたまりあの身体を抱き上げた時。
身体に走った電流のような刺激に違和感を覚えた途端、腕の中の妹から、かぐわしい花の香りが漂って来た。
触れずにはいられない男を誘う色香は、これまでのまりあからは感じたことの無かったもの。
次第に早くなっていく鼓動と、比例して浅くなっていく呼吸に、腰の奥に熱が溜り始めて、自分が妹に欲情しているのだと気づいた。
ここしばらく恋愛はご無沙汰で、熱を発散させる相手もいなかったけれど、自己処理はしていたし、溜まっている自覚もなかった。
もしも溜っている自覚があったとしても、まりあ相手に興奮するほど節操なしになった覚えはない。
出会ってから20年近く家族としてやって来たのだ。
今更義妹の下着姿くらいで興奮するわけがない。
それなのに、ソファにまりあを下ろした後も、どうしてか彼女の側から離れられない。
不安げに潤んだ瞳を揺らしてこちらを見上げてくるまりあの表情は、完全に男を誘う時のそれで、ふやけていく思考が、彼女が妹であるという事実を真っ黒に塗りつぶしてくる。
妹とは名ばかりで、戸籍さえ無視してしまえば、まりあとは完全な赤の他人なのだ。
この気持ちは、本当に過ちなのだろうか。
震える唇がまるでキスをねだっているように見えて、伸ばした指を止められなくなった。
まりあが驚いたように目を瞠るけれど、それさえ焦がれているようにしか思えない。
このまま二人で熱に浮かされて、柔らかい場所で溶け合ったらどんなに幸せになれるだろう。
呼吸に合わせて上下するまろやかな膨らみに頬を寄せて、血管が薄っすらと浮かび上がるほっそりとした首筋に唇を押し当てて、逃げる腰を宥めて蕩け切ったそこを優しく嬲って。
一度も想像したことの無かった秘め事が、次々と思考を埋め尽くしていく。
まりあが零す嬌声の甘さや身体の震え。
知らないはずのそれが、要をどこまでも誘い掛けてくる。
しっとりと滑らかな肌は、吸いつくように指に甘えて来て、苦し気な呼吸はいまにも要の名前を呼びそうで。
聞こえてくる警告音を無視してその唇を貪って、境界線を飛び越えようとした要を引き留めたのは、要とまりあをつなぐ梢の声だった。
ゆだっていた思考が冷水を浴びせられたように冷えていき、自分が何をしようとしたのか悟った瞬間怖くなった。
俺は、本当はずっと。
無意識化でまりあの事を異性として見ていたのか。
同僚の須磨から、何度も妹を紹介しろと言われて丁重に断った時も、まりあが誠実な交際相手と別れた時も、心のどこかでは安堵していたのか。
本当は、梢が幸徳井に収まった後も、まりあがずっと変わらないことを望んでいたのか。
どこかで義妹の幸せを、と口先では言いながら、このまま梢の側仕えを続けて、まりあが外の世界に出ていかないことを本当はずっと。
そして、いつか、まりあが本当に一人ぼっちになった時に、唯一側に居られるのは、他ならぬ自分一人だけになる。
そんな未来を、心のどこかで思い描いていたのか。
だから、あの日まりあが震える声で虎島の名前を口にした瞬間。
あの男を殺してやりたいと思った。
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