第36話 求愛超過その2

唇を引き結んだまりあが視線を揺らしたのを、要は見逃さなかった。


一気に距離を詰めた要が、椅子の背に手を掛けてまりあの腕を掴み取る。


見た目以上に強い力で引っ張られて、まりあは彼と向かい合うことになった。


「おまえ、そんな覚悟もなしに色恋に溺れてんのか!?」


「痛っ・・・」


叱りつけるようなセリフと共に、強くて首を握られる。


これまで要はまりあに対して力加減を誤ったことは一度もなかった。


こちらを見下ろすその瞳に、あの日と同じ熱が宿っていたらどうしよう。


突き刺さる視線を怖くて見つめ返すことが出来ない。


自分たちには一滴の血のつながりもない事をまざまざと思い知らされる。


「俺は認めないからな」


搾り取るような否定の声に、どうしてそれを要が口にするのかと怒りが湧いた。


「それは兄さんには関係」


「関係ないですよねぇ」


間延びした独特の口調が二人きりのフロアに響いて、要が背後を振り返る。


彼の視線を無視してこちらに向かって歩いてきた虎島は、すれ違いざまに要の腕を叩き落とした。


「っ!」


要が痛みに顔をしかめると同時に急に負荷が無くなって手首が自由になる。


赤くなったそれに手を伸ばした虎島は、ちらりと要を一瞥した。


「妹虐めるお兄ちゃんはモテませんよ?」


「・・・虎島さん、あんた一体どういうつもりでうちの妹に手ぇ出してんだ」


「本気だから手ぇ出してんですよ」


しれっと言い返した虎島に、要が鋭い視線をまりあに向けてくる。


虎島とはすでにそういう関係なのか、と探るようなそれに、目を伏せる以外の答えを返せない。


「まさか力ずくで・・・」


「力づくはあんたの方でしょ?妹が言う事聞かないと押さえつけるとか・・・やってる事がガキなんだよあんた・・・それとも、俺に大事な妹を獲られて悔しかった?」


「・・・っ」


虎島の挑発に、要が目の色を変える。


決して喧嘩っ早い方ではないが、乾の父親にそれなりに鍛えられた要は見た目以上に腕が立つ。


ここで喧嘩は避けて欲しいと慌てて虎島を庇うように前に出た。


どちらかが血を流すような結果だけは避けなくてはならない。


「これは、私と虎島さんの問題だから・・・・・・お父さんにも、ちゃんと自分で説明します。兄さんに迷惑はかけない」


「・・・・・・・・・」


「わ、私は・・・いま・・・・・・虎島さんを、好きになって・・・行ってる・・・最中だから・・・・・・その・・・」


これ以上は言わせないで欲しい、と視線を爪先に落とせば。


「と、言うわけなんで、心配も、邪魔も、止めて貰えますかね?俺はこう見えて死ぬほど心が狭いんで、これ以上ちょっかいかけられたら、黙ってませんよ?」


そんなセリフと共に背中からぎゅうっと抱きしめられた。


ほぼ羽交い締めのような力で腕を回されて、息が止まりそうになる。


「ちょ、と、虎島さん!・・・・・・離してっ・・・・・・な、何しに来たんですか!?」


必死にもがいて身体を捻って、腕の力を緩ませれば、こちらを見下ろした彼が、急に眦を甘くした。


絶対零度の瞳が一気に熱を帯びて来て、それを目の当たりにしたまりあの心臓がばくばくと大騒ぎを始める。


さっきまでこんな鋭い視線を要に向けていたのか。


「何って・・・可愛いまりあちゃんの顔を見に?」


「~~っも、もう見たからいいですよね!?ほかに用事が無いなら、今日はもうお引き取り下さい!幸徳井さんも不在だし、そちらも忙しいでしょう!?うろうろしてると、鷹司さんに叱られますよ!」


家族挙式の後、表仕事は出来る限りセーブしている幸徳井の尻拭いに走り回っている虎島には、暇な時間なんてあるわけがない。


相変わらず刺すような視線を向けてくる要から、虎島を遠ざけるようにグイグイ背中を押して事務所から出る。


家族挙式以降、有栖川の中で虎島の心証は悪くなる一方だ。


誰かに会うと面倒なことになるので、今日は非常階段からお引き取り願おうと、廊下を突き当りまで歩く。


重たい鉄の扉を押し開けて外に出ると、やっと呼吸が楽になった。


と思ったら、後ろからやって来た虎島が腰に腕を回してくる。


「ちょ・・・っ」


慌てて振り向いたら、顎先を持ち上げられて唇が塞がれた。


油断しきった唇の隙間を優しく舐めて、煙草の味の残る舌が入り込んでくる。


「っふ・・・っ・・・ん」


ゆるりと口内を一巡りしたそれが、奥で固まる舌先をちょんと突いて呼び寄せて来て、舌裏を軽く扱かれた。


途端心地よさと甘い刺激が身体中に広がる。


輪郭をそっと撫でた手のひらが、ドアノブを押さえたまま手首をそっと持ち上げた。


上唇を吸った後で離れた唇が、薄っすらと赤くなった手首をなぞった。


「・・・んっ」


唇が肌を擽る感覚に思わず声が漏れてしまう。


ちゅうっと手首に強く吸いついた虎島が、上目遣いにこちらを見て来た。


「・・・・・・ははっ・・・こんなんで気持ちイイとか・・・あんたもう相当俺の事好きだろ」


ついさっき要にぶん投げた爆弾発言が甦って、居た堪れなくなる。


「~~っ・・・離してください」


「やだね」


ぶっきらぼうな返事と共に、もう一度唇が重なった。




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