第29話 電撃一途その2

まりあの事を考えながら眠れない夜を過ごして、寝不足で目を覚ました翌朝。


朝食を終えたところで玄関ドアが開いて、上り口から永季の声がした。


「梢ぇー起きてるかー?」


「起きてるけどなに?もう戻って来たの?帰りは今日の夜になるって言ってなかった?」


颯の裏仕事に付き合うのは、義兄の永季の役目だ。


警察官の肩書きも持ちながら裏社会を上手く渡る永季の実力を間近で見たことはないが、相方の瑠偉を困らせつつも上手くやっているらしい。


まもなくスーツ姿の永季がリビングに姿を現した。


珍しく黒の上下で地味にまとめているので、お偉方のご機嫌取りが仕事だったのだろう。


「ああ、俺だけこっちで仕事があって始発で戻った。お前の婚約者のお守りはあっちで瑠偉がやってる。なんだよ虎島、入れよ」


梢とキッチンの舞子にただいま、と手を振った永季が、くるりと背後を振り返った。


「え!?」


まさかここに虎島を連れて来ているとは夢にも思わなかった梢は、慌ててダイニングチェアーから立ち上がった。


「虎島さん来てるの!?」


梢の声に、廊下をやって来た虎島が軽く頭を下げる。


「梢お嬢さん、朝早くからすみません。お邪魔させてもらっても?」


「昨日は何で連絡くれなかったのよ!」


思わず叫んだ梢に続いて、キッチンからエプロン姿の舞子が顔を出した。


「あら、虎島さんもお見えなんですか?お二人は朝ご飯どうされます?」


「舞子さん、俺すぐ出るんだわ。米炊いてるならおにぎり作ってよ」


「はいはい。炊き立てですからすぐに作りますね。永季さんの好きな明太子残ってたかしら~」


3合炊いて正解だったわ、とキッチンに戻っていく舞子に、虎島が続ける。


「俺もすぐにお暇しますので・・・・・・・・・昨日はちょっと取り込んでまして。今朝になってすみませんねぇ」


「なんであからさまに目ぇ反らすのよ!あんた、ま、まりあに変なことしてないでしょうね!」


「こらこら梢、朝っぱらから何言ってんだお前は」


「だって、昨日虎島さんが・・・あ、っていうか、まりあはいま何処に居るの!?」


まずは所在確認をしておかなくてはと問いかければ。


「俺の部屋で寝てます」


間髪入れずに端的な返事が返って来て、冷蔵庫を覗きに行った永季がミネラルウォーターのペットボトル片手に口を挟んだ。


「え、なにお前らヤったの?」


まじかーと目を見開く永季を突き飛ばす勢いで叩いた。


「兄さん!!!!!」


颯の言葉を信じるなら、虎島はまりあを傷つけないはずだが、果たして本当にそうだろうか。


まりあの体調不良にかこつけて、彼がいいようにしたのではないだろうか。


いやまさかそんな。


ぐるぐる回る嫌な予感に、虎島に向ける視線がどんどん鋭くなっていく。


それを真正面から受け止めて、虎島が静かに切り出した。


「その事で、梢お嬢さんにお話があるんですよ」







・・・・・・・・






興味津々の永季を舞子お手製のお握りを押し付けて追い出して、有栖川の書斎に場所を移した梢は、覚悟を決めて虎島と向き直った。


「それで、話って何ですか」


事と次第によっては、父親がお気に入りの骨董品コレクションのアールヌーボーの壺で殴ってやる。


つっけんどんな声を投げた梢は憮然とした表情のまま腕組みをした。


「まりあちゃんを俺に下さい」


まりあが彼に会うたび口にする読めない食えない笑えない笑顔ではなく、ひどく真剣な口調で告げられた提案に、梢はたっぷり20秒は放心した。


「・・・・・・・・・・・・はあ!?ちょっと、虎島さん、私のこと馬鹿にしてます!?昨日の今日でホイホイまりあのことやれるわけないでしょ!っていうかそもそもまりあはものじゃない!」


「それも分かって言ってます。でも、実際彼女はいまもこの先も、梢お嬢さんのものだ。そうですよね?あなたがこの家に引き取られる時に、側に居る事を決められたんだから」


「・・・そ・・・れは・・・そうだけど・・・・・・ここで私がはいって言ったって、何の意味も」


「意味ならあります。梢お嬢さんの了承は、まりあちゃんにとっては一番影響力が強い」


「え、待って。虎島さんは、まりあのこと・・・」


「惚れてます。本人にも伝えました。ああ、梢お嬢さんが心配なさるようなコトはしてませんよ。したとしても、ちゃんと彼女の意思を確かめてますから。俺も強引なのは好きじゃないんで」


「いや、あの、じゃあその二人は・・・付き合ってるんですか?」


「付き合ってはいませんね。ただ、いまの彼女を救えるのは、俺だけです」


「救うって・・・まりあは、いまそんな大変な状況ってことですか?だったら尚更まりあに会わせてください」


「疲れて眠ってるんで起きたら自宅まで送り届けますよ。この先、同じようなことがあった時、彼女が梢お嬢さんよりも俺の側行くことを優先させる許可が欲しいんです。まりあちゃん自身のために」


眼光鋭く切り出された言葉に、怯むことなく虎島を睨み返した。


「・・・・・・まずは、まりあと話をさせて。虎島さんが少しでもまりあを傷つけたってわかったら、颯に頼んであなたを近づかせないようにして貰うし、私は絶対に虎島さんを許しませんから」

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