第28話 電撃一途その1

幸徳井颯は、その端正な外見と雰囲気から、一見すると裏社会とは一切関係が無いように見える。


血生臭いやり取りとは無縁の世界で生きて来た御曹司然とした風貌は、多くの人間を油断させ、懐柔させる。


が、彼の本質はどこまでも冷淡だ。


実際幸徳井の血筋自体が由緒正しき家柄なので、生まれも育ちも申し分ないのだが、本当の意味で幸徳井颯が優しくする人物は一人だけ。


たぶんこの世界で一番彼に大事にされているだろう、と大げさでなく自覚している梢は、自分の全力のお願いが、やんわりと、けれど確実に退けられたことに、未だに納得できずにいた。


颯の話では、”虎島がまりあを口説いている最中”だと聞かされていたのに、昨日やって来た虎島とまりあの雰囲気は、どう見てもそれ以上の関係に見えた。


それに、まりあが自分の口から虎島を呼んで、と言ったこともなんだか不自然だ。


虎島のまりあに対するちょっかいは今に始まったことではないが、まりあはずっと彼を苦手としていたし、避けてすらいた。


それなのに、具合が悪くなった途端彼を呼んだという事は、それだけ虎島を信頼しているということだ。


長年一緒にいた梢や、義兄の要がそばにいたにも拘わらず。


梢にとって一番の理解者は、出会った時から今日までずっと乾まりあその人だ。


掃き溜めの世界でうずくまっていた梢を、普通の女の子にしてくれたまりあには感謝しかない。


出会った頃のまりあは、梢が憧れるものすべてをその手に持っていた。


手入れの行き届いた滑らかな肌に、艶のある髪、荒れた事のない唇。


流行の最先端を行く彼女の持ち物はどれも魔法のアイテムのように見えた。


何より一番憧れたのは、まりあが愛用していたティアラの細工が施されたコンパクトだ。


綺麗なマリア様に相応しいそれは、いつだってキラキラと女の子の憧れを映し出していた。


そして、その憧れは今も梢の胸の中にある。


だから、まりあのことで自分だけが知らない何かがあるのが許せなかった。


それなのに。


『虎島が連れて帰ったんだろう?じゃあ、あいつからの報告を待とう。間違っても乾さんを傷つけるようなことはしてないよ』


その日の夜になってもまりあからも虎島からも連絡が来ないことにしびれを切らした梢が、颯に泣きついたところ、彼はそう言って連絡を待つように諭して来た。


こちらは気が気じゃないというのに。


義兄の要もあの後すぐ次の仕事に出かけてしまって、怒りをぶつける先がなくなった梢は、久しぶりにリビングのクッションをタコ殴りにした。


梢の不機嫌を察知した舞子が、埃が出ますからとキッチンから声を投げてくるのを無視して気が済むまでそうした後で、部屋に戻って颯に電話をしたのに。


『この間からずっとそうやってはぐらかしてくるけど、なんなの?まりあと虎島さんの間に、もっと別のなにかがあるんでしょ?』


『んー・・・あるにはあるねぇ』


『だったらそれを教えてよ・・・颯、お願い』


颯は梢からのお願いにめっぽう弱い。


わざと語尾を丸っこくして可愛らしくねだったのに。


『ごめんね』


あっさりとぶった切られて今度は枕を殴った。


『なんで!?まりあは私の家族同然なのに!』


『ねえ、こず。家族だからって何でも話せるわけじゃないだろ?』


『私はまりあに何でも話して来た』


『じゃあ、乾さんに、俺と二人きりの時どんなことしてるのか話せる?』


いきなり返された切り口に、うぐっと答えに詰まった。


颯が梢を部屋に連れ込んだ後のベッドの中での出来事は、たぶん一生秘密だ。


まりあに訊かれた時も詳細は伝えられなかった。


とりあえず、処女を守っている事だけは報告したけれど。


そういえば、まりあとは色恋についてあまり話をしたことがなかった。


アイドルの誰がかっこいいだの、この漫画の誰が好みだのと盛り上がったことはあるけれど、リアルな恋バナをしたのは、多分まりあが高校生の頃が最後だと思う。


当然まりあは、赤裸々な話題に触れるようなことはしなかった。


『それは・・・』


『言えないよねぇ』


『でも、それとこれとはっ』


『おんなじことだよ。こずに知らせるべき事柄が出て来たら、隠さず教えてあげる。乾さんだって、事情があるから話せないんだよ、わかるよね?』


『・・・・・・・・・命にかかわること・・・じゃないんでしょ?』


『うん。ちがうよ』


『・・・そう』


『あと、いま乾さんの側に虎島がいるのは、最善策だから。それも心配しなくていい。彼女は今一番安全な場所で守られてるよ』


命に別条はなくて、まりあの安全は守られている。


『・・・・・・・・・でも、まりあの心は?』


『そこはもう、虎島の努力次第かな』


『全然信用できないんだけど』


『こずの気持ちはわかるけど、ごめん。どうしても明日まではそっちに戻れないんだ。頼むから自暴自棄になって無茶なことはしないで。挙式も控えてるし。いいね?』


最後は言い含めるように颯から諭されて、渋々電話を切った。






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