第23話 響花烈艶その2

なるほど、と呟いた虎島を全力で睨みつける。


射殺す勢いの眼差しをぶつけたのは久しぶりの事だ。


「私の経験が・・・多いとか少ないとか・・・・・・どうでもいいでしょ!?」


「多いなら、色々やりようがあるし、少ないなら教え甲斐がある。俺はどっちも楽しいけどね」


「虎島さんの趣味嗜好は訊いてませんっ」


というか、訊きたくありません。


迷いなくまりあの身体を探っていい場所を見つける彼の指先は確かに手慣れていて、巧みだった。


女性の扱いを知り尽くした男の触れ方だった。


「長くなるって言ったのは、あの人昨夜ほとんど寝てないから」


「・・・・・・え」


「裏仕事が立て込んで、こっちにしわ寄せが来てて、溜まりまくった決裁捌くので会社籠ってたんですよ」


「・・・・・・・・・家で休めばいいのに」


睡眠不足を押してまで婚約者の顔を見に来る幸徳井の気概は買うが、身体のことを思えば絶対に仮眠を取るべきだ。


恋愛に溺れたことのないまりあは、幸徳井の選択に疑問しか浮かばない。


恐らく彼にとっては梢が最大の栄養且つ癒しなのだろうが。


「寝てなくて、ストレス溜まってるでしょ。そうなると、性欲がねぇ・・・」


虎島のあからさま過ぎる一言に、思わずソファーから腰を浮かせてしまった。


「~っちょ・・・」


寝不足で理性のタガが緩んだ幸徳井が、うっかり梢を押し倒したらどうしよう。


立ち上がった虎島が、テーブルを回り込んでまりあの元までやってくる。


今にもリビングを飛び出して行きそうなまりあの肩を軽く押さえて、虎島が顔を近づけて来た。


一人がけのソファーの隙間はどう足掻いても10センチ程度。


必死に身体をのけ反らせても、虎島の手からは逃れられない。


目を見開くまりあの肩を優しく抱き寄せて、虎島が声を潜める。


「いま、あの部屋のドア開ける勇気、あります?」


本能のまま突っ走る幸徳井を止めるためなら決死の覚悟で飛び込むけれど、その場にいる梢の気持ちを思うと二の足を踏んでしまう。


もしもそんな最中を見られたら、まりあだったら二度と顔を合わせられない。


「・・・・・・・・・ない・・・です」


「それが賢明。まあ、あの人も馬鹿じゃないんで。梢お嬢さんが誘わない限り大丈夫ですよ・・・たぶん」


「たぶんって言い方やめてくれません!?・・・・・・ここに居ますから、離れてっ」


ソファーの背面とひじ掛けに手をついてまりあの身体を閉じ込めた虎島が、身を捩るまりあを悠然と見下ろしてくる。


この距離だと、彼の付けている香水と、煙草の残り香を強く感じた。


この香りに包まれて、その腕の中で蕩けた記憶が甦ってくる。


「次のデートはいつにしましょうか?」


「しませんっ」


「それなら仕方ない。梢お嬢さん使わせて貰いますね」


「ちょっと!お嬢様を私たちの関係に巻き込まないで!」


煩わせたくなくてこの体質の事も話していないのに。


「・・・私たちの関係・・・いーい響きだなぁ・・・・・・・・・いまの俺たちは、知り合い以上恋人未満?」


「知りませんっ」


「あんたから拒絶される度ゾクゾクするんだけど・・・」


嬉しそうに呟いた虎島が、耳たぶに唇を触れさせる。


するすると耳殻を撫でられてくすぐったさともどかしさがこみ上げて来た。


はむっと耳たぶを甘噛みした彼が、唇を首筋へと滑らせる。


「こ、怖い事言わないでっ・・・ぁ、ゃ・・・っ・・・」


「どうやってねじ伏せて融かしてやろうか・・・こないだからずっと考えてる」


「・・・・・・か、んがえなく・・・て・・・ぃ・・・ぁ・・・っ」


突っぱねようと肩に突いた手をあっさりと捕まえて、虎島がにたあっと笑った。


「全然力入ってねぇよ?」


「~~っ」


「気持ちいいって認めりゃいいのに」


呟いた彼が、俯きかけたまりあの顎先を捕まえた。


強引に仰のかされて、目を伏せる彼の顔が再び近づいてくる。


引き結んだ唇を見た彼が吐息で笑った。


舌の侵入を無意識拒むまりあの意思を尊重するように、そろりと唇の端を舐められる。


「あんたが嫌がることはしねぇから」


囁き声の後、軽く唇を啄まれた。


「・・・っ」


息を詰めるたび唇が重なって、軽く触れあって離れていく。


そのうち彼が下唇を吸って来て、柔らかい内側の粘膜を少しだけ味見された。


肩を震わせたまりあを慰めるように背中を撫でる手のひらはそのままに、今度は上唇を吸われて、同じように唇の隙間を舐められる。


舌を絡ませ合うわけでも、上顎を擽られるわけでも、舌裏を扱かれるわけでもないのに、腰が蕩けるように疼いた。


浅くなっていく呼吸と、緩んで行く思考を止めるすべが見当たらない。


繰り返し聞こえるリップ音が、まりあの心をグズグズに溶かしていく。


口を開いたら負けだ。


それだけ自分に言い聞かせて、彼の唇に翻弄される事数分、ふうっと息を吐いた虎島が、額にキスを落としてから唇を離した。


「見た目以上に強情だなぁ」

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