第22話 響花烈艶その1

「ねぇ、梢。それは向こうで食べようか?」


テーブルの上に広げた手土産の限定品クッキー&サブレの缶に手を伸ばした梢の腕を軽く引き寄せて、笑顔のままで幸徳井が言った。


まりあには、内心では彼がちっとも笑っていないことが分かっていた。


まりあにも分かるくらいだから、恐らく虎島も分かっているだろう。


有栖川の不在時を狙って幸徳井が梢に会いに来るようになって随分経つが、滞在時間は次のスケジュールによってまちまちだ。


時にはギリギリまで粘って虎島に追い立てられるように帰っていく事もある。


そういう時、大抵梢はその後しばらく部屋から出てこない。


出てこない、というか、出てこれないのだろう。


まりあもその辺は理解しているので、声を掛けずに暇することもある。


舞子はこの時間帯いつも夕飯の買い出しに出かけているのだ。


つまり邪魔者はいないわけである。


まりあと虎島を除いては。


毎回異なる手土産を持参しては梢を喜ばせる幸徳井だが、真っすぐ梢の部屋に籠れたことはほとんどない。


幸徳井としてはそうしたいのだろうが、お茶菓子があるなら、みんなでお茶しよう、と言って梢がリビングでお土産を広げてしまうのだ。


梢の選択に、婚約者にベタ惚れの幸徳井が異論を唱えられるわけもなく、言われるがままリビングに四人で集合することになる。


まりあとしても、虎島と二人きりにされるのが困るので、出来るだけ長くリビングにとどまっていて貰いたいのが本音だ。


今日もクッキーを三枚梢が頬張るところまでは付き合って、幸徳井がそっと水を向けて来た。


「え、でもこんなに沢山あるのに、まりあだってまだ食べたいでしょ」


「それは、幸徳井さんからお嬢様へのお土産ですから、私は少しで結構ですよ」


「この家のみんなにはほら、こっちのお菓子を用意してあるから、これはこずが独り占めしていいんだよ」


「美味しいけど、こんなにバターたっぷりのクッキー食べたらドレス入らなくなるんじゃ・・・」


「試着したドレス、どれもウエストに余裕がありましたし、調整もできるようでしたから、多少ふっくらしても問題ありませんよ」


ここ最近家族で食卓を囲む機会が増えた梢は、父親と兄たちから、あれも食べろこれも食べろと構いまくられているのだ。


ここぞとばかりに嫁入り前の梢を甘やかしたいのだろう。


梢が着る予定のドレスたちは、タイトなシルエットのものがなかったので、一気に太らない限りは大丈夫だろう。


まあ、万が一本当にふっくらしたら、有栖川と幸徳井が金と権力でどうにかするだろう。


「さっすがまりあ!いや、でも調子に乗って食べるのは・・・んぐっ」


次の一枚を迷う梢の口にハート形のサブレを放り込んで、幸徳井が先にソファーから立ち上がった。


「どれだけ丸くなっても変わらず愛してあげるから、我慢するのはやめなさい」


いいね?と梢の顔を覗き込んだ彼が、婚約者の手を引いて歩き出す。


「・・・んんっ」


もごもごと必死にサブレを咀嚼する梢の手に大急ぎで蓋をしたクッキー缶を持たせて、梢の部屋に向かう二人を見送る。


すぐにテレビの音が聞こえて来て、あーあ、と複雑な気持ちになった。


テレビの音で隠さなくてはならないような何かが、あの部屋でひっそりと行われているのだ。


本当に梢の操は守られているのだろうか。


いや、梢に限って、万一幸徳井と寝てしまったら黙っていられないと思うのだが。


「 ・・・今日は長くなるかも」


さっきまりあ淹れて来たアールグレイを一口飲んで、虎島がそんなことを言った。


「・・・どうしてですか?」


横並びで座った幸徳井と梢を挟むように、一人がけのソファーに腰を下ろしているおかげで、いつものような不安は抱かずに済む。


思えばここ最近、彼との距離が近すぎたのだ。


これからはこれをデフォルトにしていこう。


梢が広げた可愛らしい包装紙とリボンを片付けながら口にした問いかけに、虎島が小さく笑った。


「え、訊きます?それ」


からかう口調が返って来て、自分が墓穴を掘ったことに気づいた。


「えっ!?い、いえ、別に興味ないですけど・・・・・・」


幸徳井の心情なんて知りたくもないし、知ったところでどうしようもない。


梢が泣いたら全力であの男をどうにかしてやろうと思っているが、恐らくそれを梢は望まないだろう。


「・・・・・・あんたって時々処女みたいだな」


頬杖を突いた虎島が、意地悪く目を細めた。


「は!?しょ、処女!?ち、違いますけど・・・って・・・何言わすのよ!!!!」


とっくの昔に処女は捨てて来たのだが、何かそう思わせるような不慣れな感じが出ているのだろうか。


だとしたらどこに?


「いや、違うのは知ってる。あの反応見りゃわかるよ」


”あの反応”がなにを指すのか気づいて頬が熱くなった。


「~~っ」


「そうじゃなくて、言う事とか、仕草とかが・・・・・・ああそうか、あんまり経験ないのか」


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