第18話 連理之枝その2

少し離れた席からは、マダムたちの和やかな歓談の声と、食事を楽しみながら微笑み合う仲睦まじいカップルの小さな声が聞こえてくる。


みなそれぞれのペースで食事を楽しんでおり、周りの客を気にしている様子はどこにもない。


こんな雰囲気のいい店で、虎島と二人でランチを食べていること自体落ち着かない。


彼の言葉に赤くなったり慌てたりするまりあと、それを眺める虎島は、傍から見ればお似合いのカップルに見えるのだろうか。


異性に口説かれたことがないわけではないし、胸を張れるほどの経験があるわけでもないが、それなりに恋愛だってしてきた。


けれど、こんな風に強く心を揺さぶられたことは一度もなかった。


何もかも、全部自分の体質のせいだ。


あの夜のことが無かったら、きっともっと違う態度を取れるのに。


自分の一番弱い部分をさらけ出して慰められてしまったから・・・・・・


「なんで・・・このお店なんですか・・・?」


「ん?気に入りません?女性人気の高い、雰囲気のいい店選んだつもりなんですがねぇ」


「・・・・・・わ、私のため・・・ですか」


「ほかに誰かいます?」


いつもの読めない食えない笑えない笑顔を向けられて、次の言葉に迷う。


虎島がわざわざお店を調べてここにまりあを連れて来たのは、そうすればまりあが喜ぶと思ったからだ。


それに対しては、素直にありがとうと応えるべきなんだろう。


だけど、そこには彼の下心がちゃんとある。


それを思うと、喜んでしまったら彼に変な期待をさせることになるのではないだろうか、と別の不安が頭をよぎる。


だってまだまりあの気持ちは揺らいだままだ。


「俺が、まりあちゃんの点数を稼ぎたくて、ここに連れて来たんですよ」


「・・・・・・ど、どうも・・・・・・」


「嬉しい、とか、好みじゃない、とか、言ってくれていいんですがね」


「お、美味しいです。でも・・・あの・・・」


結局返せたのは何ともあいまいな言葉になった。


けれど、虎島はまりあの微妙な返事に気を悪くすることもなく、まりあの倍の速さでランチセットを平らげていく。


「初回のランチデートとしては及第点を貰っても?」


「・・・・・・こ、これってランチデートなんですか!?」


お礼のお食事会的なことではなくて!?と慌てるまりあに、虎島がフォークを動かす手を止めた。


「そりゃそうでしょ。俺はあんたに惚れてんだから」


改めて真正面から告げられると本当に返事に困る。


自分の中に眠るオメガの性質が、アルファの彼に触れてみたいと勝手に訴えてくるし、けれど心は、それは恋じゃないと叫んで留めようとする。


オメガがアルファを求めるのは、欲求を満たすための本能的な部分が大きいのだ。


自分の隙間を綺麗に満たしてくれる誰かを欲する気持ちは、女なので理解できる。


が、だからといってあのどうしようもない身体の疼きを、アルファの彼で埋めるのは違う気がする。


少なくとも、まりあにとっての恋愛は、肉欲的なことではなくて、精神的なつながりのほうが重要だった。


「・・・・・・あの資料・・・読みましたけど・・・オメガって・・・数は少ないけどほかにもいるんでしょう・・・?だったら、もっと別の方を探した方が」


たまたま身近なところにまりあが居たから、惹かれているだけで、同じオメガが他にも現れたら、そちらに魅力を感じる可能性だって大いにある。


まりあの言葉に、虎島がうーんと日除けパラソル越しに良く晴れた青空を見上げた。


「・・・・・・アルファとオメガの相性だけを重視するなら、まあそれもアリでしょうねぇ」


「相性・・・」


「俺はね、一人の女に時間かけるタイプじゃないんですよ。普段なら、ランチデートなんてまどろっこしい事はしない。夜に会って軽く飲んで、身体の相性を確かめて、次も会うか決める。まあ、二度目があったことのほうが少ないんですがね。それを納得ずくでついてくる女ばっか相手にして来たんで・・・」


「そ・・・それって・・・セ・・・セフレじゃないですかっ」


語尾を思い切り小さくして虎島を睨みつける。


久しぶりの鋭い視線に、虎島は嬉しそうに口角を持ち上げた。


つい先ほど惚れていると言われたばかりなのだが、彼は想い人から睨まれると興奮する特殊性癖の持ち主なのだろうか。


どちらにしてもこの冷たい視線を直せそうにないけれど。


「そうですね。まあ、ヤりたいときヤれたらそれで満足でしたからねぇ・・・」


これまでまりあが生きて来た世界とはあまりにも違い過ぎる返事に一瞬言葉を失った。


幸徳井の裏稼業は知っているし、有栖川とのつながりもある程度までは教えられている。


幸徳井の管理地域の中にはもちろん繫華街もあって、有栖川警備の社員たちが遊びに行っている事も知っているけれど、躾けの行き届いている彼らは、女子供の前で下世話な話題を出すことは決してなかった。


虎島の言う後腐れない女とは、恐らく幸徳井の息のかかった店で働く女性たちのことなのだろう。


「~~っわ、私は違いますっ!い、言っときますけど、誰とでも・・・あんな・・・・・・あんなこと絶対に出来ませんからっ」


一度肌を晒しておいて何をいまさらと笑われるかと思ったけれど、虎島は穏やかに頷いて見せた。


「知ってるから、時間と手間、掛けようと思ってね」


「・・・・・・私、時間と手間を掛けて欲しいなんてお伝えしてませんけど」


つっけんどんに返せば。


「その方が、後の楽しみが増えるでしょ」


両の目を三日月にした虎島が、ご褒美ありきの時間と手間は、苦じゃありませんよ、と答えた。

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