第17話 連理之枝その1
「この間は、その・・・・・・ありがとうございました・・・送っていただいて、助かりました」
異人館を改装して作られたというガーデンレストランのテラス席。
穏やかに降り注ぐ日差しをパラソルで避けながら、優雅なランチタイムを楽しむマダムたちに交じって、まりあは居心地悪げに頭を下げた。
先日熱を出したまりあを自宅まで送り届けてくれたのは虎島で、その事には本当に感謝している。
もちろん、お礼だってきちんとするつもりだった。
が、まりあが彼にアポを入れるより先に、虎島から連絡が入ったのだ。
”こないだのお礼に、ちょっと付き合って貰えませんかね?”
先手を打ってお礼を要求されてしまって、否とは言えない。
分かりました、と返事を返したまりあに、虎島は。
”雰囲気のいいバーで一杯、って言いたいとこなんですが、それだとバリバリに警戒されそうなんで・・・健全なデートから始めましょうか”
と、ランチに誘って来た。
彼の行きつけのお店に連れて行かれるのなら、虎島の雰囲気からして安い早い美味いの定食屋か、ちょっといい和食のお店、意表をついてラーメンあたり?
なんて思っていたのだが。
「いえいえどういたしまして。熱、すぐ下がったらしいね」
まりあの顔をまじまじと見つめながら、虎島が冷製パスタを口に運ぶ。
どうしよう強面スーツの彼と冷製パスタの組み合わせがアンバランス過ぎる。
お蕎麦をかきこむ方が絶対に似合うのに。
「はい。おかげさまで。薬飲んで寝たら良くなりました。心配して翌日うちに来た兄が念のためもう一日休めって煩かったので、言われた通りにしましたけど・・・」
「え、お兄さん家来たの?」
まりあの言葉に目を見開いた虎島をきょとんと見つめ返す。
すでにまりあも兄の要も、乾の実家を出ているが、それぞれの家を行き来する事はある。
同じ職場に勤めているし、何より要は一時期は梢専属の運転手でもあったのだ。
体調不良の妹を兄が見舞うのは何もおかしなことではない。
「はい・・・様子を見に。万一ウイルス性の病気だと、嫁入り前のお嬢様に移ったら困りますから、お見舞いはお断りしたら、代わりに兄を寄越してきて」
大事な大事な梢の身体に万一のことがあったら、乾家総出でお詫びすることになる。
有栖川に心酔しきっている父親は、責任を感じて会社を辞めかねない。
だから、要が来てくれてむしろほっとした。
恐らく、梢が出かけようとした時点で、有栖川家全員で止めてくれたはずだ。
その代わり、梢からは何度もメッセージが届いた。
「ああ・・・そう・・・あのさ・・・ええっと・・・・・・お兄さん、何ともなかった?」
物凄く言いにくそうに質問を投げられて、どうしてそんな表情なのかと不思議に思いながら、バジルソースのパスタを頬張る。
採れたてバジルのフレッシュソースを使ったパスタは女性に人気だとスタッフから聞いて、セットを注文したのだが、納得の美味しさである。
病み上がりの身体に、美味しさがじんわりと沁み込んでいく。
「何ともって?」
「いや、だから、まりあちゃんを前にして・・・・・・」
言い淀んだ虎島がグラスの水を口に運ぶ。
それで、彼が濁した言葉が理解できた。
彼は、要がまりあを前に発情しなかったのかと訊いているのだ。
「あ、あるわけないでしょ!いつも通りでしたよ!!!!」
抑制剤だって飲んでいるし、
熱が下がったら倦怠感はなくなったし、副作用もほとんど感じなくなってきた。
あの夜の発作が嘘のように、身体は落ち着いている。
要とまりあは、血のつながりのない兄妹だが、子供のころから一緒に育って来たので、当然異性として認識したりしていないし、漫画やドラマにあるような禁断の感情を抱いてもいない。
「へぇ・・・そいつは良かった・・・・・・じゃあ、俺だけか」
納得したように一つ頷いた虎島が、グラスをテーブルに戻した。
見た目に似合わずカトラリーの使い方が上品で食べ方も物凄く綺麗だ。
もっとがつがつ食事を摂るイメージだったのに。
「俺だけって・・・?ぁ」
浮かんだ疑問を考える前に口にして、しまった、と慌てて口を閉ざした。
「・・・俺だけがあんたのそれに反応する」
顎をしゃくってまりあ自身を示した虎島が、付け合わせのサラダのヤングコーンにフォークを刺した。
「・・・・・・私、そんなに・・・・・・あの・・・匂い、します?」
どれだけ腕に顔を近づけても漂うのは愛用の香水の香りだけ。
本当にオメガのフェロモンが出ているのかもわからない。
「するね。無性に手を伸ばしたくなるいい匂いが」
「ちょ・・・言い方」
まだお昼ですよ、と顔をしかめれば。
「弁えてるだろ」
開き直ったように虎島が答えて、広々としたテラス席を一瞥した。
テーブル間隔が広く取られたテラスは、もちろん完全予約制。
ここには慌ただしく食事を済ませて仕事に帰っていくサラリーマンは一人も存在しない。
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