第16話 魅了溺惑その2

まりあを送っていく虎島を見送って、迷いに迷って自撮り写真を一枚撮った。


友人と呼べる人物がまりあ以外にいない梢は、自撮り棒のお世話になったことなんてないし、SNSはいわゆるログ専である。


だから、どうやったら可愛く写真が撮れるのかも分からないし、流行りのポーズも分からない。


その昔二人が学生だった頃に、プリントシールを撮りに行ってはしゃいだ記憶はあるけれど、あの頃どんなポーズを撮ったのかも覚えていない。


指ハート、頬に手を添える虫歯ポーズ、ウィンクの小悪魔ポーズ、とてもじゃないがどれも出来そうにないと諦めて、鏡越しの引きつった笑顔の自分を映した。


虎島は、梢の写真を撮りに来たと言っていたのに、彼にまりあを送ってもらってしまったので、任務が果たせないと叱られるのでは、という心配が半分と、もう半分は訊きたいことがあったから。


幸徳井の裏仕事となると、時間が掛かることは必須。


いくら幸徳井家当主の立場に慣れている颯といえど、スマホを見る余裕なんて無いだろうと思っていたのに。


『可愛い写真ありがとう。どうしたの?』


写真をトーク画面に乗せた30秒後に着信が入って、梢は頭を抱えたくなった。


この人ほんとに仕事してるんだろうか。


政財界の重鎮たちも顧客に持つ、由緒正しき一族の当主はここ最近色ボケ気味である。


「お疲れ様・・・あの、仕事終わったら連絡貰っていい?」


『うん?いまでいいよ別に』


「いや良くないでしょ・・・仕事して」


『してるしてる。というか、どうせ夜中まで終わらないから、いま言ってくれる方がいいんだ』


「・・・何時から働いてるの?」


『ええっと・・・今朝は4時起きで移動してる』


しれっと帰って来た返事に、時計を見て何時間労働だと目を剥いた。


間違いなく梢だったら倒れてしまうパターンである。


「・・・・・・颯・・・身体平気?」


尋ねても平気だよと穏やかな返事が返って来るに決まっているのに。


沈んだ声の問いかけに、颯は鷹揚に答えた。


『心配なら、早く一緒に暮らそう。俺のそばでいくらでも世話を焼いてよ』


世話を焼いてくれたら、その倍俺が梢を構うけどね、と何とも楽しそうな声が聞こえて来て、あ、全然大丈夫だ、この人絶好調だ、とホッとする。


兄の永季から聞かされるここ最近の彼の仕事っぷりはそれはまあ見事なもので、派閥争いを続けていた取引先の揉め事を上手く纏めて契約を締結させて、縄張り争いが絶えない臨海地区を一掃し、幸徳井の傘下に取り込んでしまったとか。


元気でバリバリ働いてくれるならそれに越したことはないのだが、結婚までのカウントダウンはすでに始まっており、残り少ない実家での日々を大切に過ごしていこうと何度も父親から言われている。


娘を家から嫁がせるのが夢だった有栖川は、毎朝梢の顔を見るたび涙目になってカレンダーを数えているのだ。


「だから、それはお父さんたちが」


『そうだった・・・義父になる有栖川は正直色々面倒臭いよ』


「もういやになった?」


『なると思う?』


「・・・・・・思わないでくれたら・・・嬉しいけど」


『梢が愛されていて嬉しくなるだけだよ』


心底穏やかな声でそんなことを言われたら、ときめいた胸のやり場に困ってしまう。


思わず心臓を押さえて黙り込んだら、彼が問いかけて来た。


『それで、可愛い写真と引き換えに俺のお嫁さんは何が欲しいの?』


「なに・・・っていうか・・・・・・あの、まりあが、熱出して早退したんだけど」


『・・・熱・・・それは心配だね』


「これまでも・・・っていうか、このひと月ちょっと、なんかまりあちょっと変なの・・・」


『・・・ふぅん』


はぐらかすようなそうでもないような、どちらとも取れない返事に、一瞬だけ怯みそうになる。


梢をけむに巻くことなんて、この男にとっては朝飯前だ。


だから、彼の良心と、自分への信頼に頼るしかない。


「それで、それには虎島さんが関わってると思うんだけど・・・」


憶測でしかないそれを口にすれば。


『それで、こずはどうしたいの?』


颯から返って来た返事で、彼がすべて把握していることを理解した。


「まりあの力になりたい」


『・・・・・・こずはほんとにいい子だね』


「はぐらかさないで。悪いけど、颯より、まりあとのほうが付き合い長いんだから」


『そこを突かれると痛いなぁ・・・・・・まあ、そうだね。その分これからはがっつり俺が独占するけどね・・・・・・・・・乾さんは、虎島に本気で口説かれてるんだよ』


「え?」


『虎島は真剣に運命の相手が乾さんだと思ってるみたい』


「・・・・・・それ・・・・・・って・・・」


あの強面の虎島が運命云々を口にするとは思えないのだが、確かに今日の二人の雰囲気を見てもなんだか妙な感じがした。


それはそのせいだったのか。


『だから、そのうち梢に、乾さんのことくださいって言いに来るかもしれないね・・・俺としては、そのうち産まれるうちの子のシッター頼みたかったんだけど・・・』


いきなり話が自分たちの未来に飛んで、梢は気色ばんだ声を上げた。


ウェディングドレスにまだ袖を通していないのに。


「そ、それは気が早くない!?」


『そう?結婚したらすぐだよ。俺はいつでもそのつもりだから』


「え・・・なに」


『こずがその気になったら、すぐに子作りするよってこと』


待ってるからね、と嬉しそうに囁いた婚約者が、名残惜しいけど仕事に戻るよ、と言って通話を切った。

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