第48話 愛縁無欠その1
沼の底に沈められたような重たい意識がふいに浮上した。
息苦しさを覚えたせいだ。
原因はなんだとぼやけた視界を確かめて、絡みつくように身体に回された男の腕のせいだと気づいた。
シャワーも浴びずに眠ってしまった。
その割には事後特有の不快感が残っていない。
気を利かせた彼が綺麗にしてくれたのだろうか。
もしそうなら、何か着せてくれればいいのに。
詮無い事をつらつらと考えているうちに、また思考が泥のように沈んでいく。
指一本動かしたくない、と生まれて初めて思った。
身体に残る違和感と疲労感は前の夜の比ではない。
初めて虎島に抱かれた夜、どれくらい彼がまりあに合わせてくれていたのか、嫌になるほど理解した。
だって今は腰が立たないどころか、シーツに手をついて身体を起こすことさえ億劫だ。
執拗に丁寧に全身を愛された。
この男は、本気でまりあが自分から離れて行かないように躾けるつもりなのだ。
「・・・・・・まだ痛みます?」
頭上から聞こえた寝起き特有の低い声に、ぞくりと背筋が震えた。
彼の声を意識したことなんて無かったのに。
自分の身体の反応についていけない。
頭が回っていないはずの彼の手のひらが、早速身体のラインを撫でて来て慌ててそれを抑えながら背後の男を睨みつける。
実はずっと前から起きていたと言われたら納得してしまえるくらい、指の動きに迷いが無い。
力の入らないまりあの指先を優しく撫でては手の甲をくすぐって、隙間から覗く柔肌をなぞる指はどこまでも優しい。
まりあの反応次第では朝から組み敷かれてしまいそうな雰囲気すらある。
「・・・・・・い、たくはない・・・です・・・けど・・・」
初めてではないし、嫌になるほど馴らされた身体は強靭な熱を飲み込んでさらに蕩けた。
彼が何度枕元に手を伸ばしたのか定かではないが、尋常じゃないほど抱かれた割には辛くはない。
残っているのは甘い名残と彼が抜け落ちた後の違和感だけ。
これが毎晩になるならそれはもう膝を突き合わせて物申したいところだが、虎島の忙しさを考えてもそれはないだろう。
顔を戻しながら答えれば、不埒な動きを続けていた手のひらがウエストをぎゅうぎゅう締め付けて来た。
真後ろから羽交い締めにされると同時に、項に頬ずりされる。
吐息がそこを撫でる感触に、昨夜の記憶が甦って来た。
「・・・さすがの俺も力加減がねぇ・・・なんせ、誰かの項噛むなんて初めてなもんで」
自分がてんで見当違いの返事を口にしたのだと気づいて慌てるも、いや、でも実際噛まれた瞬間もほとんど痛みはなかったな、と思い出した。
悦がり声を上げて追い詰められたまりあは、灼熱のような快感に溺れていたので、その瞬間彼が狙いを定めるように舌を這わせてきて始めて、ああこれから噛まれるのだとやっと悟った。
悟ると同時に、最奥を嬲られてはじけ飛んだ瞬間に項に熱が走った。
「噛み痕って、なんかエロいな」
乱れた髪を指で避けて、自分が残した番の証を確かめた虎島が、ごくりと生唾を飲む。
「痛くないなら・・・良かった・・・」
嬉しそうに呟いた虎島が、項に何度もキスを落とす。
腕の力が緩んでホッとしたのも束の間、降りて来た手のひら胸を包み込んで軽く揺らして来た。
昨夜から尖ったままの赤いそこを優しく捏ねられて、途端腰の奥がじゅわりと溶ける。
「え・・・ちょ・・・痛くないとは言ったけど・・・またするとは言ってな・・・」
自分なりの必死の抵抗を試みたまりあの顔を覗き込んだ虎島が、にたりと笑った。
「え?したいんですか?」
「~~っ」
「綺麗な身体だから、触ってたくて、つい」
「セ・・・セクハラですよ・・・っン・・・ぁ」
「今更セクハラとかあります?・・・寝起きのやらかい身体を気持ち良くしてやりたいだけなのに?」
「も・・・じゅうぶ・・・っんぅ・・・・・・っ」
顎に引っかけた指を後ろへ軽く引いて、覗き込んできた虎島が唇を舐めてくる。
考える前に隙間を広げてしまった自分が悔しい。
舌を絡ませる直前に、虎島が情欲を滲ませた声で囁いた。
「・・・いい子だ」
胸の奥を擽るような甘い響きに考えることを諦めて舌を差し出せば、ご褒美のように甘く吸われて肉厚な舌で表面を舐められる。
「っふ・・・っ・・・ん・・・っ」
昨夜嫌というほど交わしたキスで、まりあの欲しい触れ合いを記憶してしまった虎島は唇をほどくことなくゆっくりと寝起きの身体を仰のかせてシーツに縫い留めた。
押し付けられた腰の熱に、甘い期待とわずかな不安で心臓が跳ねる。
「残り、何個か知ってます?」
首筋に頬ずりしながら虎島が楽しげにつぶやいた。
「え・・・?」
なんの話か分からずに瞬きを繰り返す。
「まだ朝だし、無くなるまで、ゆっくりじっくりしましょうか?」
チラッと枕元に視線を向けた虎島の仕草で、ようやく答えに行きついた。
「・・・・・・っ」
明日の朝までベッドから出して貰えない可能性が急浮上して来て、身を捩って彼が用意したソレの在庫を確かめようとすれば。
「・・・積極的だなぁ。欲しがってもまだ挿れませんよ」
嬉しそうな返事と共に背中にキスが落ちた。
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