第43話 夢欲萌芽その1 

「こ、こういう呼び出しは困るんですけどっ・・・」


公私混同じゃありません?と眉を吊り上げて虎島を睨み返したまりあは、数秒後には腰を抱かれてソファーに押し付けられていた。


特殊な体術でも習っているのだろうか、ほんの一瞬で体勢が入れ替わってしまって、足を払われた記憶も無いのに、お尻が座面に着地している。


こちらに圧し掛かって来た虎島が、するりとまりあの頬を撫でて、茶封筒を指さしていつもの読めない食えない笑えない笑みを浮かべる。


これでも一応仕事モードのようだ。


纏う雰囲気は砂糖まみれなのだけれど。


「書類をどうも。とくに急ぎじゃねぇけど助かりました。その後、体調は?・・・顔色は悪くないようですが」


新規契約の件で、書類に不備があったから急ぎでコレ届けてくれ、と社長から頼まれた茶封筒を片手に、未だに違和感残る身体を押して幸徳井建設までやって来たのだが。


急ぎではない、とはどういうことだ。


どうやら完全に虎島の口車に乗せられてしまったらしい。


最初から応接に通された時点で怪しむべきだった。


「・・・・・・げ、元気です」


「身体はまだ辛い?・・・ああ、そっちの意味じゃなくて、股関節とか平気・・・」


優しい声と本心の見えない笑顔で慰めるように腰のラインを辿られる。


虎島に抱かれてから二日が経っていた。


目の前の男の口を勢い任せに手で塞いで上目遣いに睨みつける。


こうやって見上げると、あの夜を思い出すので一刻も早く体勢をどうにかしたい。


「そ、それ以上喋ったら帰りますから!」


それ以上喋らなくても帰らせて貰いたいのだが。


ソファの背もたれについていた手で、華奢なまりあの手のひらを掴んだ虎島が、薄い手首の内側に唇を押し付ける。


ちゅうっと吸われると、ぴりりとした痛みが走った。


あの夜何度も彼はまりあの肌に同じ痕を残した。


そして、それはいまだに消えていない。


「・・・・・・ああ、血色は良くなったな・・・・・・俺はもうちょっと赤いほうが好きですよ」


「は?」


「俺のこと欲しがってるみたいで興奮するんで・・・あの夜みたいに」


「~さ、最低!」


「気持ちよさそうに甘えてくれたじゃないですか・・・もっと慣れてないかと思ったけど・・・・・・色々教え込む必要はなさそうだ。すぐに楽しめますね」


それなりにある男性経験のことを言われているのだと気づいて、目の前の逞しいスーツの胸元突っぱねる。


が、微動だにしない。


その代わりに顔を近づけて来た虎島が、赤くなった頬に唇を寄せてくる。


「ゃ・・・っ」


「もっと凄い事したのに、キスも駄目なんですか?」


「~~っ」


「悪くなかったでしょ?」


「~~~っ」


正しいとか、正しくないとか、順序とかを無視して答えるのならば、柔らかい神経を纏めて嬲られたような夜だった。


虎島は一度もまりあに苦痛を与えなかった。


悦がる場所を的確に押さえては屈服させる勢いで擦り立てて、恥じらいも戸惑いも摩耗しきってしまうまで抱かれた。


未だに彼の指を思い出すと腰の奥が疼く。


アルファとのセックスには中毒性があるようだ。


それに、彼の唇にも。


「最後の方は、あんたからねだってくれたのに・・・?俺のキス、お気に召しません?」


「・・・・・・ん・・・し・・・ご・・・と・・・」


「息抜きしましょう。俺疲れてるんです」


「ん、ゃ・・・っ・・・」


握った拳で彼の肩を叩けば、それを捕まえた虎島が耳たぶを甘噛みしながら尋ねてくる。


「ふぁ・・・っ」


また痺れるような快感が身体中に広がって、まだ触られていない秘めた場所がじゅわりと濡れた。


あの夜からずっとこうだ。


敏感になったままの身体は、ちょっとの刺激ですぐに熟れて蜜を滴らせる。


まるで虎島を待ち焦がれているように。


「この手は縋ってんの?それとも拒んでる?」


力の入ってない拳には何の意味もない。


拒めばキスは貰えない。


望んではいけないと分かっているのに、彼の舌が口内で蠢く記憶がいつまで経っても消えてくれない。


煙草の苦みの残るキスは、二人の唾液で次第に甘くなって、ふやけた身体をさらにドロドロに溶かしていく。


もっと淫らになっていいんだと、褒めるように肌を愛でられるから、熟れた身体を擦りつけてしまった。


その記憶も鮮明に残っているのだ。


あれがオメガの性だとしても、そこに一ミリの気持ちも無かったのかと言われれば答えは否。


だって、好きじゃない相手と、キスなんて出来ない。


ましてやあんな風に身体を晒すことなんて。


「縋ってくださいよ。この身体は、もうあんたのもんなんだから」


「・・・っな、なにを・・・」


「気持ち良すぎて、俺に項噛まれたくなったでしょう?」


「~~っ」


違う、と叫び返せないのは、つまりはそういうことだ。


涙目で虎島を睨みつければ、彼が眦を柔らかく緩めた。


甘くなった視線から逃げ出したいのに、スーツを掴む手は離れない。


「今度は、発情ヒートじゃない時に抱き合いましょうか」



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