第26話 星嵐再起その1
最初に見えたのは、温かみのあるダウンライトの明かり。
優しく下ろされた先がベッドだと気づいたのは、肌に触れるシーツの感触に覚えがあったから。
そしてそこに残る彼の香りを吸い込んだ瞬間、堪えていた思考が一気に蕩けた。
手首に巻いた腕時計を確かめた虎島が、揃えた指の背でこめかみを撫でてくる。
気難しい顔をしている理由は、不機嫌だからなのか、それとも。
「どうだ?少しは楽になった?」
「~~っ」
薬を飲んでから1時間近く過ぎているし、そろそろ効果が表れて良いはずなのに、身体の火照りは収まるどころか強くなる一方だ。
要が部屋を出ていって暫くしてから、梢から連絡を受けた虎島が応接室に飛び込んできた。
助手席に下ろされる頃には、さっきまでの恐怖心から来る震えは収まっていた。
その代わり、襲い掛かって来たのはどうしようもない飢餓感。
この手に触れて貰わなければ、自分は狂ってしまうんじゃないかと本気でそう思うくらいの渇望。
自分の中で暴れ回るオメガを必死に押さえつけながら、抑制剤が効いてくるのを今か今かと待ちわびていたのに。
汗ばむ額に張り付いた髪を払う指が優しくて、その手のひらの頬を寄せれば。
「・・・・・・なんだ、今日はやけに素直だな」
虎島が唇を引き結んで天井を見上げた。
あんなに信頼している要の手のひらには、恐怖を覚えたのに、どうして虎島には触れて欲しいと思ってしまうんだろう。
これが、オメガの性でなければいいのに。
この心が、彼を求めているのだと、核心が持てればいいのに。
熱に浮かされた身体を摺り寄せれば、虎島がぐうっと低く呻いた。
額を手のひらで押さえたまま、俯いた虎島が上目遣いにこちらを見てくる。
彼が葛藤していることだけは、理解できた。
「まだつらい?」
「・・・・・・・・・ん」
「・・・・・・・・・・・・俺はここに居た方がいいか?」
オメガのフェロモンは、アルファにとってはこの上ないご馳走だ。
舌なめずりせんばかりに近づいて貪りたくなる甘い香りを前に、まりあの意思を確認してくる彼の優しさに泣けてくる。
彼に縋るのは二回目だ。
虎島の指先がどれだけ甘くて優しいのか、まりあはもう知っている。
「いかないで・・・そばにいて」
震える声で手を伸ばせば、彼がそっと指を絡ませて来た。
そのままシーツに縫い留められて、顎下を擽られる。
短く息を吐いた彼が、そっと顔を傾けて近づいてきた。
キスの予感に胸が震える。
ふいにさっき要に同じことをされそうになったことを思い出した。
義兄の指がどうやって女性に触れるのか、あんな形で知ることになるなんて。
「・・・っ」
きつく目を閉じたら、まりあの反応気づいた虎島が唇が触れ合う距離で止まった。
「・・・?どうした?」
からかうでもあざけるでもない静かな問いかけに、目尻から涙が零れる。
「さ・・・っき・・・・・・・・・兄に・・・・・・っ・・・」
吐く息で要のことを口にすれば、絡ませた指をきつく握りしめられた。
「なんかされた?」
苦い口調の問いかけと共に、手の甲を唇でなぞられる。
彼の鋭い視線が探るようにまりあの身体を確かめていく。
オメガのフェロモンに充てられたら、アルファやベータがどうなるのか、彼は誰よりも理解しているのだ。
「・・・・・・キ・・・ス・・・・・・されそうに・・・な・・・って・・・・・・こ、わ・・・かった・・・」
あの時の要はほとんど理性を手放しかけていたし、まりあもまともに言葉を紡げる状態ではなかった。
梢が飛び込んできてくれなければ、あのまま彼に肌を暴かれていたかもしれない。
乾の家で築いてきた家族の絆が滅茶苦茶になってしまうところだった。
二人の心を置き去りにしたまま。
「・・・・・・ん」
短く頷いた虎島が、残り数センチの距離を一気に埋めて、唇にキスを落とした。
ちょんと触れるだけの唇が、何度もまりあのそれを掠めていく。
「・・・じゃあこれは?」
低い囁きのあとで、もう一度唇を塞がれる。
今度は彼の唇の温度を教えるように強く押し付けられた。
自分より僅かに高い温度の唇は、渇いていて少しだけ硬い。
唇の端に滑らせたそれでそのまま輪郭を辿られて、自然と顎を反らして仰のいてしまう。
喉元にも唇が触れて、彼の吐息が産毛を撫でた。
ぞくりと走った快感は、電流のように身体の奥まで迸る。
「・・・・・・嫌じゃ・・・な・・・い」
むしろもっと触れて欲しい。
もどかしい場所を伝えるように膝を立てれば、その隙間に虎島が身体を入れて来た。
耳たぶを優しく撫でて、彼が目を細める。
「ならもっとしてやる」
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