第12話 愛及屋烏その2

「な・・・なんでそんな普通なんですか!?あんなことがあったのに!!!」


「・・・・・・元気そうで、安心しました」


探るように顔色を確かめられて、だからどうしてそこで気遣うような表情を浮かべるのかと詰りたい気持ちでいっぱいになる。


彼を詰りたいのも、責めたいのも、問い詰めたいのも、全部八つ当たりだ。


そして、彼は既にそれを受け入れる覚悟が出来ている。


それが分かったから、一気に戦意が喪失した。


「・・・・・・・・・おかげさまで・・・・・・・・・そ、その節はお世話に・・・」


「俺の事、ちょっとは考えてくれました?」


遮るように尋ね返されて、素っ頓狂な声を上げる。


「へ!?」


考えるってなにを?


そんな余裕なんてなかった。


目を閉じれば彼の指先と声が甦って来て落ち着かない気持ちになって、おかげですっかり寝不足だ。


この人が居なかったら、きっとあの日の自分は無事ではいられなかった。


「まさか、あれっきりだと思ってる?」


「・・・・・・・・・そんなことは・・・ない、です・・・けど・・・・・・まだ、受け入れられないことのほうが多いです」


「・・・薬は?」


「欠かさず飲んでます・・・多少しんどい時はあるけど、おかげで順調です・・・・・・だから、もうあんなことは・・・」


「俺は、あんたがオメガだから助けたわけじゃない。乾まりあだから助けた。だから、次に同じことが起こっても、追い付かない気持ちを蔑ろにするようなことは、絶対にしない」


発情期ヒートは定期的にやって来ると教えられたことを今更のように思い出した。


また、アレを経験するのかと思うと、ぞっとする。


薬を飲んでいるから多少は軽減されると思いたいけれど、未知の変化は誰にも分からない。


まるで自分の身体が自分のものではなくなってしまったようだ。


虎島はまりあを抱こうとはしなかった。


貰った資料によれば、アルファはオメガの発情ヒートに煽られて発情ラットする場合が多いと書いてあったのに。


彼が口にする好意の温度が分からない。


この人から向けられる言葉を、真っすぐに受け止めて、受け入れられるほど、綺麗な生き方はして来ていないのだ。


だから、きっと、こうなった。


やるせない思いを押しとどめておくことが出来なくて、気づけば口を開いていた。


「・・・・・・・・・・・・私、ずっと昔に・・・・・・・・・すごく純粋な女の子を妬んで憎んで・・・・・・・・・それなのに、その子が好きだって平気で嘘を吐きました。私しか側に居ないから、きっと気づかれないだろうと思ってたんです・・・・・・・・・・・・でも、その子は気づいてた、ちゃんと、理解して、それでも私に向かって手を伸ばして来た。それ以外の居場所が無かったから。あの日、柔らかい心を踏み躙るような真似をしたから、だから、これは報いなんです、きっと」


「そんなわけあるか」


切って捨てるように虎島が厳しい声で言い返して来た。


飄々としたいつもの態度をしまいこんだ彼は、まりあの前にしゃがみこむと子供を叱るようなしかめ面になった。


「これは、ただの性質だ。この国にも海外にも同じ性質の人間は大勢いる。その全員が遺恨からオメガになるわけないだろ。俺は、あんたよりずっと呪いやまじないに近い場所にいる。あんたがうだうだ悩んでるそれは、ただの嫉妬で、憎悪ですらない。そんなもんじゃ人の性質は変えられない。だから、これを自分のせいだなんて思わなくていい」


一番欲しい言葉を、一番言われたくない人から言われて、どうして良いかわからなくなる。


けれど、ずっと胸の奥にわだかまっていたしこりが、確かに今解けた。


目覚めた性質が再び眠りにつくことは無い。


現実は変えられない。


まりあにだって、この間までそれなりに夢や憧れがあった。


梢が嫁ぐのを見届けた後は、自分のこの先の人生についてもう一度じっくりと考えて、誰か寄り添える相手を探すのもいいかもしれない、探せば、そんな相手が見つかるかもしれない。


ほのかに抱いていた淡い未来図は、あの夜一瞬でかき消されてしまった。


心より先に身体が反応するだなんて、まりあには絶対に受け入れられない。


「・・・・・・・・・だったら、なんて思えばいいのよ!?」


投げつけるように問い返せば。


「・・・・・・・・・あー・・・うん」


真正面から涙目で睨みつけられた虎島が、珍しく視線を泳がせた。


それから一つ息を吐いて、まりあの目尻の涙を伸ばした指の腹でそろりと拭った。


「俺と出会うための運命だったと、思えば?」


聞こえて来た静かな声に、心臓を一瞬にして灼かれた。


目の前の男の口から飛び出したとは到底思えないほどのロマンティックな台詞に眩暈がする。


心を揺さぶられた自分に、死ぬほど動揺した。


「・・・・・・・・・・・・・・・全然ときめきません」


震える声で必死に言い返す。


これが運命だなんてそんなわけあるか。


それなのに、目尻を撫でた指の熱に鼓動は一方的に速くなっていく。


開き直ったように虎島が言い返した。


「そんなもん、全部これからだよ」


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