第13話 愛月撤灯その1
虎島右京という男は、これまで付き合って来たどのタイプとも違う。
武骨な雰囲気の彼の口から、まさか運命なんて乙女チックな言葉が飛び出すとは思わなかった。
読めない食えない笑えないあの笑顔の裏で、彼が何を考えているのかさっぱりわからない。
あの幸徳井が永季同様自ら選んで側近にしたという話から、相当の手練れであることと、食えない男であることはわかる。
惹かれたら大けが間違いなしの危ない男だ。
来る者を拒まずで手当たり次第食べ尽くしていそうなのに、
ただ、女性の事を知り尽くしているのだな、という印象だけはどうしたってぬぐえないけれど。
それだってまりあには何も関係ないはずなのに、どうしてか彼の言葉が頭から離れない。
あんな風にぶっきらぼうに口説かれたのは初めてだった。
熱に苛まれるまりあをあやす淫らで優しい指と、彼の雰囲気はどうしたってそぐわない。
オメガをただの性質だと言い切った彼の言葉で、あの瞬間、確かにまりあは救われた。
絶対に好きになれないと思っていた相手に、救われたのだ。
「またボーっとしてる・・・まーりあっ!」
肩を軽く揺さぶられながら名前を呼ばれて、まりあは物思いに耽っていた思考からようやく抜け出した。
間近に迫る見慣れた梢の渋面に、慌てて返事を口にする。
「っは、はい!どうされました?お嬢様」
霞がかかったように濁った頭が重たくて、身体が怠い。
飲み続けている抑制剤の副作用だとは思うのだが、この倦怠感だけでもどうにかなればいいのに。
仕事中にぼんやりするなんて、父親にばれたら大目玉を食らうところだ。
兄にバレたら辛辣な嫌味が飛んでくること請け合いである。
精一杯笑顔で梢を見つめ返すも。
「・・・・・・」
唇を引き結んだ梢がじいっとこちらを食い入るように見つめてくる。
ボーっとするな、と遠慮なく怒ってくれればいいのに。
「あの・・・お嬢様・・・?」
いつまでも来ないお説教におずおずと呼びかければ。
「動かないで、じっとして」
即座に言い返されて、慌てて背筋を伸ばして座り直した。
その昔じゃんけんで負けたらデコピンを食らわせ合って遊んだことがあったけれど、久しぶりにお見舞いされるのだろうかとびくびくしながら待つことしばし。
そうっと額に触れて来たのは、指先ではなくて華奢な手のひらだった。
「・・・・・・・・・まりあ・・・熱あるじゃない!」
目を見開いた梢の声に間抜けな声を返す。
「え?」
「やだ、なんで言わないの!?いつから!?ずっと具合悪かったんでしょ!!もおおお、いっつも自分のこと後回しにするんだからっ」
途端しかめ面になった梢が、
「微熱ですし、たいしたことありませんよ」
恐らく発熱も副作用によるものなのだろう。
倦怠感の原因が発熱なら納得だ。
「違う、微熱じゃない」
きっぱりと言い返されて、え、そんなと額に手のひらを当ててみる。
たしかにいつもより熱いような気もするが、ここ最近寝込んでいないので、これが高熱かどうかすらわからない。
どちらにしても、梢に心配を掛けるわけにはいかない。
「なんでここの救急箱の中身は消毒液と軟膏と包帯だらけなの!?」
梢が肩を落として嘆いた。
「うちは警備会社ですからね」
荒事を引き受けて来た歴戦の猛者や、有栖川が共に現役時代を過ごした強面の元刑事たちはとにかく怪我が多い。
みんな見た目に反して人間味あふれる優しい男ばかりなのだが、如何せん行動が力任せで雑なのだ。
ドアのカギを失くしたら、ピッキングか壊すかの二択から答えを選ぶような者ばかりなのである。
おかげで警備会社としての業績は上々なのだが、女性事務員を雇えないという現実だけは頂けない。
「解熱剤持ってますし」
机の抽斗の中には、常に絆創膏と解熱鎮痛剤が入っている。
紙で指を切ることが多いので、セットで常備していた。
「なに平気な顔してるのよ、だめ、帰るの」
「帰るほどじゃ・・・」
「ほんとは最近ずーっとしんどかったんでしょ」
分かってるんだからね、とねめつけるように言われて、ああやっぱりこの子を騙すのは胸が痛いなと思う。
人の純粋さや素直さは、生まれや育ちには関係ないのだ。
その人間の持って生まれた本質は、どう足掻いても消せるものではないのだ。
これが、シンデレラと、シンデレラになり損ねた女の違いか。
浮かんだ結論に嫌になる。
「・・・・・・・・・お嬢様の婚礼準備で気が張ってたんですかね?主役を差し置いてすみません」
苦笑いを浮かべたら、梢が真顔でこちらを見つめ返して来た。
「まりあに何かあったらほんとに困るから。要に連絡するね。今日ってどこ行ってるんだっけ?」
妹の体調不良ごときで出先から呼び戻されたらたまったものではないだろう。
それもただの発熱で。
「兄には連絡しなくていいです。分かりました。帰りますから・・・」
一人で大丈夫ですよ、と帰り支度のために立ち上がったら、急に身体がふらついた。
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