第6話 合縁奇縁その2

「今日は舞子さんお休みで・・・お茶、お持ちしますね」


幸徳井家の家事全般を一人で担っているやり手家政婦が不在ということは、あの美味しいお茶が飲めないということ。


それはもちろん残念ではあるのだが、今はそれよりも大切なことがある。


「いや、お茶は結構。座って貰えませんかね?」


明らかのこちらを警戒しているまりあに、いつも通りの適当な笑みを向けて前のソファを示す。


「でも・・・二人の話し合いが・・・」


「さっきのあの声聞いて、話し合いしてると思います?」


「っそれは・・・・・・っ」


気まずそうに視線を揺らしたまりあが、しぶしぶ前のソファに腰を下ろして、視線を揃えた指先に逃がした。


「まあそうだな・・・20分もしたら出てきますよ」


腕時計を確かめて、現状の颯がどれくらい甘ったるい睦みあいだけで我慢できるかをおおよそ計算したうえでの返事だった。


「・・・・・・20分」


「それ以上側に居たら、まあ襲ってるでしょうね」


「っちょ!」


「ああ、聞いてますから、ご心配なく。バージンロード歩きたいんですよね、梢お嬢さん」


「ご存じなら、どうにかしてくれません?おたくの上司・・・・・・ほんっと最近毎日のように現れては部屋に連れ込んでちゅっちゅちゅっちゅしてっ」


「それで済んでるんだからいいほうでしょ」


今時婚前交渉を控えているカップルのほうが珍しいくらいなのだ。


本当にとことん颯は梢に甘い。


「それより、俺はまりあちゃんに大事な話があるんですよねぇ」


「・・・・・・変な話はしないでくださいね。というか、私は虎島さんとお話することありませんので、用件は手短にお願いします」


「そんじゃあ、単刀直入にお尋ねしますよ・・・・・・・・・身体、辛くなるんでしょう?」


「・・・・・・・・・体調は問題ありませんが」


まあそう来るだろうなと思ったので、少し迷ってからそれでも言葉を慎重に選んだ。


まさかこの場で、急に発情して男銜え込みたくなってません?とは訊けない。


「・・・・・・時々身体が火照ったり、疼いたり、甘い香りを放って・・・一人じゃどうしようもなくなったり」


「な、何言ってるんですか?セクハラですか?本気でやめて・・・・・・」


気色ばんだ声を上げたまりあが、ぐっと拳を握りこんだ。


強い口調とは裏腹にこちらを睨み返すことが出来ないのはもう図星を突かれたのと同じだ。


「ほかにもね、同じような症状を訴えてる人間がいるんですよ・・・・・・まだ世間的には知られていない・・・・・・・・・突然変異で・・・・・・・・・最近増えてる婦女暴行事件、あれも、恐らくそれが絡んでるとウチでは読んでます・・・・・・・・・不特定多数の相手に対してそういう衝動が込み上げて来てどうしようもなくなったところに、理性失くした男が襲い掛かるパターンでしょうね」


探るようにまりあの表情を確かめながら言葉を紡げば、彼女の顔色が一気に変わった。


ニュースで報道される事件の概要が、彼女も気にかかっていたんだろう。


「なにそれ・・・・・新しく発見されたウィルスかなにかですか?」


「ウィルスだったら良かったんだが、あいにく遺伝子レベルで記憶された性質らしい」


ここで適当な嘘を言って慰めるわけにはいかない。


彼女の現状が正確に把握できるまでは、ことさら自重して貰いたいし、ニュースになるような事件には巻き込まれてほしくない。


アルファが支配階級と称されるのに対して、アルファやベータのさらに下に位置するオメガは、捕食対象としてみなされることが多いらしく、当然危険も付き纏う。


こういった症例が増えて、世界規模での認知が広がれば政府も対策を講じることになるだろうが、それは恐らく数年単位で先の話だ。


オメガは、番を求めて彷徨う幽鬼のような存在なので、一度発情期ヒートを迎えてフェロモンをまき散らし始めたら、熱が収まるまで体の疼きを堪えるか、相手を探すかのどちらかになる。


そして、発情期ヒートの欲を抑えられるオメガはほとんどいない。


「・・・・・・・・・せい・・・しつ・・・・・・な、治らないってこと・・・ですか」


青ざめた表情で唇を震わせるまりあが、自分の身体を抱きしめた。


「医学的には、一生その体質を抱えて生きていく事になるらしい」


「・・・・・・一生・・・」


「これは、俺自身にも関わることだから、出来ればあんたの力になりたいと思ってる」


「・・・・・・・・・・・・力って・・・」


「また次に同じような症状が起こったら、一人で抱えずに連絡して欲しい。頼むから、この家に出入りしている誰かに縋る事だけはやめてくれ」


理性を失くしたオメガの末路は、それは悲惨なものだときく。


不要な恐怖心を抱かせたくはないが、何よりも彼女に持って欲しいのは危機感と警戒心だ。


真摯に訴える虎島の言葉に、まりあは返事こそ返さなかったけれど、真っ向から否定もしなかった。


けれど、教えた虎島の個人電話の番号に連絡が入ることはなく、そのまま数週間が過ぎた夜、22時過ぎに見知らぬ番号から着信が入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る