第5話 合縁奇縁その1

突発性発情型特異体質。


現在国内で確認されている症例数が50にも満たない病気に付けられた仮の名前。


その名の通り、急に身体が火照りを訴えていわゆる発情状態に陥る病だ。


海外では数年前から同様の症例報告が相次いでおり、狼の階級呼称に由来する「 アルファ / ベータ / オメガ 」という第二の性別を用いて、発情状態に陥る罹患者が生まれる現象をオメガバース、と名付けた。


正確にはこれは病ではなく、人から人へ感染するものでもなく、各個体の遺伝子が持つ性質が目覚めるかどうか、ということらしい。


人類の大半は、発情状態に陥ることのない一般人、ベータに分類され、残りの二割程度が遺伝子レベルでの優秀さが証明されているという支配階級のアルファ、最少数の一割程度しか存在しないとされているオメガが、発情状態に陥るとアルファやベータを誘惑するフェロモンをまき散らす、とされている。


あくまで報告レベルでのこと且つ、上がって来る症例が様々で分析も解明も未だほとんど進んでいない謎の特異体質。


この特殊な変異に虎島が関わることになったのは、幸徳井の裏仕事からだ。


表仕事のサポートは虎島が、裏仕事のサポートは鷹司瑠偉たかつかさるいが、護衛は有栖川永季ありすがわときが行うように棲み分けがなされているのだが、必要な情報は当然共有されることになっており、違法ドラッグ関連の事件に関わった永季と瑠偉から入った、妙な病に侵されて闇医者に飛び込んで来る水商売の人間が最近増えた、という報告が第一報だった。


薬の飲み合わせによる副作用や発作だろうと流していたが、全く関係のない一般人で同じ症例が報告されたことをきかっけに、事態は大きく動いた。


暦や星の動きから式占ちょくせんを行って先見をして来た幸徳井お抱えの陰陽師が、近々起こる変異について言及していたこともあり、調査に乗り出した途端、同業他社の西園寺に張り付かせている諜報部員から、西園寺が新たにメディカルセンターを立ち上げ、そこで発情状態を抑える抑制剤の研究開発に着手しているという報告が入ったと永季から連絡を受けた。


幸徳井よりも先に、西園寺内部で、この症例が発生していたのだ。


幸徳井からの指示で、家業にかかわる人間は全員第二性別の属性検査を受けるようにというお達しがあったのはその直後のこと。


検査の結果、第二属性的にはアルファに分類されると言われてもさしてピンと来ることもなく、西園寺がかき集めた属名オメガバースの資料に書かれているアルファの発情期ラットに見舞われることもなかった。


アルファは、番となるオメガを得ることで、いわゆる結婚の夫婦関係よりも遥かに強い終身契約を結べるようになっており、オメガの発情期ヒートは、運命のアルファと巡り合い、項を噛まれることで大幅に抑えられるらしい。


つまり、御伽噺で例えるのならば、落っことしたガラスの靴の持ち主を探し当てる必要があるわけだ。


本当に、運命の番が必要であるのならば。


幸い女性には不自由しておらず、幸徳井の名前と肩書を出せば相手はいくらでも見つかる。


幸徳井の配下に一声かければ、後腐れもなくて、一度でも情けを貰いたい女はいくらでもいるのだ。


幸徳井に拾われるまでの辛酸を舐めるようなどん底暮らしをしているならまだしも、衣食住十分すぎるほど満たされている今、わざわざ番探しに勤しむ必要は無いし、そんな時間もない。


現状維持で問題なしという結論に至ってすっかり忘れていたオメガの存在を思い出したのは、有栖川梢の隣で複雑そうな表情を浮かべている乾まりあを見つけた時。


久しぶりに女性に興味を引かれて、同時に彼女の纏う不思議な香りが記憶に残った。


そして、彼女への好奇心を掻き立てられるにつれて、まりあにも異変が起こり始めた。


最初は急に強くなった花の香り。


嗅いだことの無いそれを花だと例えられるのは、そうとしか言いようのない独特の蜜を含んだ匂いがするからだ。


アルファは、オメガの発情ヒートに当てられて、発情ラットを起こす。


オメガはアルファのフェロモンに、アルファはオメガのフェロモンに反応するらしい。


この先オメガに出会った時の為に、と臨床試験段階のプロトタイプの抑制剤を西園寺から受け取った時に聞かされた説明を思い出して、確実に自分の身体が彼女に向かって反応して疼いている事を確かめて、確信した。


乾まりあは、オメガだと。












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