第49話 Teal blue-2
こっから先は一人だ、と覚悟を決めてしまっていたせいか、どこか張りつめたところがあった彼女が、どんどん柔らかくなっていっていることを、誰よりも理汰が感じている。
最初の夜の頑な過ぎる智咲の反応は、いま思い出しても笑えるくらい硬くてぎこちなかった。
まっさらな処女ではないからこそのぎこちなさ。
次に自分がどうなるのか分かっているから、それに対して身構える智咲の表情に悔しくなって、ちゃんといい場所を覚えている素直な身体にいじらしくなった。
抱かれ方を覚えている身体は丁寧に扱えばちゃんと綻んで蕩けて、そのうち智咲がまともな言葉を話せなくなって、そこからが理汰にとっては本当の夜の始まりだった。
理性も思考も根こそぎ奪ったところで、智咲と繋がりたいと思っていたから。
頭じゃなくて、心で自分のことを好きになって欲しいと思った。
そうしたら、これを家族愛だなんて言えなくなるはずだから。
どうしたって、理汰にとっては一生ものの恋で、それを理解してほしかった。
成功したのかは分からないけれど、あれ以来智咲の表情は見る間に柔らかくなっていったので、自分のやり方は、多分間違っていない。
大正解なのかどうかは、別として。
時間が、とか、回数が、とかぐちぐち零す彼女をふにゃふにゃにするのはなかなか骨が折れるが、それさえも幸せな時間だ。
こんな悩みにさいなまれるなら、毎日寝不足で構わないとさえ思う。
早くこれを日常の一部にしてしまいたい。
だから、智咲には理汰が居る毎日を当たり前に思って貰いたいのだ。
理汰の言葉に、井元がパン!と両手を打った。
「そう!そうですよね!係長とも話してたんです!なんか、色っぽくなったなぁって」
「え、それ松本さんも言ってるの?」
それはそれで複雑なのだが。
「これまでの師岡さんって頼りなる姉御って感じでかっこよかったんですけど、いまは、こう気さくに頼れるお姉さんって感じで・・・」
この先の人生の全責任は私が負います、一人でどうにかします、と意気込んでいたら、まあそうなるだろう。
纏っていた鎧をひっぺがして生身の人間だと思い知らせたのはほかならぬ理汰である。
一緒に居る時に姉貴風を吹かせるのは相変わらずだけれど、ちゃんと理汰に譲って甘える部分を作ってくれるようになった。
だから、今のところ玄関で追い出された事は一度もない。
人肌の心地よさを覚えたら、一人寝が寂しくなるんじゃない?というのは母親の意見。
永子は本気でマンションの空き室が出たらそこを息子夫婦の新居にすることを考えていて、理汰もその意見には大いに賛成なのだ。
当惑しているのは智咲ただ一人だけ。
毎回車を出して彼女の部屋に忍んで行くのは楽しいけれど、1分も歩かないうちに自室のベッドがあるにも関わらず、わざわざ場所を移動するのはやっぱり面倒だ。
智咲の部屋は落ち着くし、好きなものに溢れるあの空間に招き入れて貰えた優越感に浸ることも出来るけれど、なんせ防音が気になる。
毎回智咲が唇を噛みしめるのを見るのは忍びない。
それならもう少し加減をしてやれともう一人の冷静な自分は突っ込むが、彼女を腕に抱え込んだら、そういう良識は一切消え去ってしまうので。
枕に顔を埋める智咲を抱き寄せて腰を使うか、理汰の指を噛ませて腰を使うかのどちらかになる。
それもそれで気持ちいいけれど。
「あ、そうだ。師岡さんから訊かれて、ワインの飲み比べが出来るお店教えたんです!立ち飲みのバーなんですけど、すごい種類も多くてお手軽なんですよ。今度ぜひお二人で行ってみてください。羽柴さんもお酒好きだから誘いやすくて助かるって言ってましたよ」
「・・・・・・そう」
「自分が誘うと落ち着いたお店ばっかりになるから、バリエーションが欲しいって。なんか、師岡さん可愛いですよね」
智咲に誘われれば、賑やかな居酒屋だろうが、小料理屋だろうが喜んでお供するのに。
基本的にゆっくりお酒と食事を楽しめる場所が好きな彼女だから、立ち飲みのバーは、マンネリ化しないようにと探してくれたんだろう。
智咲なりにこの交際を前向きに捉えてくれていることが分かって嬉しい。
きっと本人に訊けば、ちょっと面白そうだったから、とか言って誤魔化すんだろうけれど。
「・・・そうなんだよ」
久しぶりの恋愛に四苦八苦している彼女は最高に可愛い。
これまで一度も見せてくれなかった一面をいくつも見られて、理汰の気持ちは膨れ上がる一方だ。
こんなに好きなんだから、いい加減この本気を認めてくれればいいのに。
将来のことはまだ早い、と頑なに突っぱねる彼女の凝り固まった固定観念を一刻も早くどうにかせねばと、理汰は小さく溜息を吐いた。
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