第48話 Teal blue-1
「あの後、席に戻った師岡さんほんっとに真っ赤で・・・あんなテンパってる先輩初めて見ました。係長もびっくりしてましたよー」
会議でこちらに来られない智咲の代わりに、次回のセミナーの打ち合わせにやって来た井元が、興味津々の顔であの日の智咲の様子を報告してくれた。
同行している田村は、新しいプロジェクターを試すために大会議室に移動してしまったため、残されたのは理汰と井元の二人のみ。
そんなこともあって、彼女のお喋りはさっきから止まらない。
初対面の時から明るい社交的なタイプだなと思っていたが、年若い女子らしく恋バナが大好きなようだ。
しかも、これまでちっともそんな素振りを見せなかった部署の先輩が、年下の研究者を射止めたというのが最高にセンセーショナルで楽しいらしい。
いかに智咲が元カレと別れてから仕事一辺倒で突き進んできたか伺い知ることが出来て、ほっとした。
母親の永子からも、智咲は干からびているどころかサハラ砂漠だ、と聞かされていたが、本当にそうだったらしい。
現在進行形でせっせと愛情という名の水を注いでオアシス建設中の理汰の先は長い。
どうでもいい世間話ならぶった切って終わらせるところなのだが、ほかならぬ智咲の部署の女の子で、自分が見たことの無い智咲の一面を知ることが出来る良い機会だ、という下心もあって、鷹揚に頷き返した。
智咲の主観で語られる日常はもう耳タコ状態だが、周りから彼女がどんな風に見えているのかは物凄く気になる。
それに、理汰としてはこの交際を隠すつもりが一切ないので、出来れば庁舎でもメディカルセンターでも噂になって欲しいくらいなのだ。
そうして逃げられない場所まで追い込んで、さっさと婚姻届けにサインを貰いたい。
「あの日は、俺が職場に行く予定じゃなかったから、余計焦ったんでしょうね」
持ち帰った論文を読みながら、駅前のカフェで時間をつぶそうかとも思ったのだが、開庁時間に体が空くことはあまりないし、折角だから智咲の仕事場を見に行こうと思った。
いつもメディカルセンターに来る彼女を迎え入れるばかりだったので、フロアの雰囲気なんかが気になったのだ。
公務員の智咲の顔を見るのは随分久しぶりだが、推進機構は市民からクレームを入れられて掴みかかられる心配はないだろうから、その点は安心していた。
実際は、智咲の名前を呼んだ途端へにゃりといつものように表情を緩めてしまったので、公務員モード全開の智咲を見ることは出来なかったのだが。
突然の理汰の訪問に、本気で狼狽える彼女を間近で見られたので、理汰として得をした気分だった。
あの後予定通り定時で一階に降りて来た彼女と連れ立って近くのバルで軽く飲んで、早めに切り上げて智咲の部屋に上げてもらった。
タクシーに乗る直前に握った手を解かないまま智咲のマンションの前まで到着して、おやすみと言われたら諦めようと思っていたが、智咲はそのまま理汰の手を引いてタクシーから降りてくれたのだ。
期待してくれてるなら、最初から素直になればいいのに。
押し問答の結果、着替え一式を彼女の部屋に置かせて貰う事にしたので、いつ泊まりに行っても問題ないのだが、彼女の口から泊まりにおいで、と言って貰えた事はまだない。
この辺りもやっぱり母親のことがネックになっているのだろう。
もうやることヤってるとバレているのだし、むしろしていないほうが異常なので、理汰としては何をいまさら、という感じなのだが。
こればっかりは元上司の子供と付き合ったことが無いので、智咲の気持ちを全部理解するのは無理だ。
しどけなく蕩けて柔らかくなっていく彼女の身体を探るたび、自分が永子とは違う場所に生きている人間で、智咲の唯一無二の恋人なのだと伝えようと躍起になってしまう。
悦がる彼女を閉じ込めていつまでも離せないのは、どれだけ抱き合っても足りないと思ってしまうからだ。
理汰と智咲が家族のように過ごした時間があまりにも長すぎるせいで。
「お二人、以前からのお知り合いだったんですねー!師岡さんから聞きました。言ってくれればいいのに、プライベート話すとややこしくなるからって・・・・・・でも、最近は、ちょっとずつ自分のことも話してくれるんですよ。私がやってるSNSにも興味持ってくれて・・・話題のスポット教えてって訊かれたり・・・・・・なんか、いっつも教えて貰うことばっかりなんで、師岡さんから何か訊かれるの嬉しいんですよね。距離が縮まった気がするっていうか・・・洋服も、ふわっとした女性らしいデザインを選ぶことが多くなって。ああ、恋してるんだなぁって・・・」
流行に後れまいとする若者特有の視点なのか、井元は智咲の変化をよく見抜いていた。
実際理汰と会う時の智咲は、いつも女性らしいデザインの洋服を選んでいる。
本人曰く、無理のない若作り、らしい。
「智咲さん、綺麗になったでしょ」
思わず心の声が出てしまった。
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