第50話 eggshell blue-1

市役所に隣接している森林公園で定期的に開催される地域振興イベントには、この地方の地産品が多く出品される。


農産物や工芸品が並ぶ販売スペースの他にも、宝来社が現在力を入れているオメガバースに関するパネル展示や、医療介護用ロボットの体験コーナーなんかもあり、各部署からも応援要員を派遣しての大掛かりな行事だ。


採れたて野菜の販売コーナーは朝から大盛況で、エコバック片手に主婦が詰めかけていた。


芝生の上を何往復もしながら、各コーナーへの案内誘導をしたり、体験コーナーの予約券を配ったりしているとあっという間に午後になった。


各部署からも応援を、と声を掛けられる度、休日は寝て過ごすのが常の智咲が手を挙げて、若者たちが出勤しなくていいように気を遣って来たのだが、いよいよ数年ぶりに智咲も休日の予定があるグループに入ってしまったので、次回からは全員で当番制にしよう、と松本が言い出してくれて本当に助かった。


二か月に一度行われるイベントなので、そのたび理汰にごめんね!というのは申し訳ないから。


今回のイベント応援は、前々から決まっていたこともあって、理汰には今週は会えません、と事前に伝えてあった。


何も言わないと、朝起きた彼が智咲の部屋にやって来て、日曜の夜まで一緒に過ごして帰っていくのが最近の常だ。


自分の部屋に誰かがいる生活にも随分と慣れて来た。


理汰は狭いシングルベッドで上手く眠るコツを覚えたようだ。


ベッド買い替えて、と言われたらどうしようかと思っていたけれど、理汰は意外と窮屈な二人寝が苦痛ではないらしい。


冷え性の智咲としては、体温の高い理汰が一緒に眠ってくれると、助かることが多いのだが、くっつけばくっつくほど、そういう雰囲気になるので、それもちょっと考えものだな、と最近は思っている。


さすがは7歳下、というべきか、当然理汰はまだまだ性欲も盛んなわけで、智咲を抱き寄せると大抵どこかに触れたがる。


出来ないときは先に事前申請しているので、理汰に困らされることはない。


その辺は物凄く理解のある彼氏で、生理痛だと訴えればお手製の野菜スープ持参でやって来て、せっせと足湯の用意までしてくれたりする。


むくみが取れるから、とアロマオイルまで持って来た時には感動すら覚えたものだ。


本当に、永子の子育てに感謝である。


今週は別行動だけれど、来週はまたいつも通り理汰は智咲の部屋に来るだろうから、たまには手料理くらい作ってやろうかと、ちらっと野菜の販売コーナーを覗いたら、ぼすんとお尻になにかがぶつかった。


「え⁉あ、あらら、どうしたのー僕」


見ると、半泣きの子供が智咲の顔を見上げている。


「お、おとーさ・・・い・・・ない・・・」


小学校低学年くらいだろうか、必死にこみ上げてくる嗚咽を堪える男の子の前にしゃがみこんで、智咲は慣れた様子で頭を撫でた。


こういうイベントで、お子様の迷子はつきものなのだ。


「お父さんとはぐれちゃったのねー。大丈夫よー。すぐに迎えに来てもらおうね。おばさんはそこの市役所で働いているの。これから、はぐれちゃった子が集まる場所まで一緒に行くからね。僕、お名前言えるかな?」


最近は、防犯のために、見知らぬ大人に名前を言ってはいけません、と教えられている子も多いので、首からぶら下げた職員カードを男の子に見せて、ちゃんと市役所の人間ですよーとアピールしておく。


「うん・・・の・・・だ・・・・・・ゆうや」


「のだゆうやくんね。自分の名前ちゃんと言えて偉いねー。お名前教えてくれたから、すぐにお父さん迎えに来てくれるよ。今日はお父さんとここまで電車で来たの?」


男の子の手を握って、本部テントまで歩きながら優しく問いかける。


少しでも子供の情報を多く引き出しておくことは、保護者探しに有用だ。


「ううん。車で、野菜いっぱいつんできた」


「へえー車で・・・野菜・・・」


のだゆうや、と名乗った男の子の名前と、野菜、という言葉で嫌な予感がした。


「ゆうやくんのお父さんは、ここで売ってるお野菜運んできてくれたのかな?」


「うん。そうだよ。いっぱい運んだ」


やばい、間違いない。


恐らくこの子は元カレの子供だ。


野田には何の未練もないし、今も年賀状のやり取りをする間柄で、定期的に大量の野菜も送ってもらっているが、別れてから会ったことはなかった。


松本は、時々こっちに来た野田と飲みに行っているようだが、当然智咲にはお声はかからない。


本部にこの子を預けて、すぐにその場を離れるべきだろうか、それとも、いつもありがとうね、と挨拶をするべきだろうか。


離すまいとしっかり握られた小さな手の持ち主は、そう言えばどことなく野田に面影が似ている気がする。


こんなに大きな子供がいるのか。


それくらい、長い月日が経ったのか。


自分が持っている何かを、彼に手渡すことは出来ない、とはっきりと悟って別れてからの数年が一気に甦って来た。

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