第54話 pastel blue-1

二泊三日の関東出張から戻ったら、我が家の明かりが消えていた。


智咲と結婚してからまだ二か月。


新婚生活真っ只中にも関わらず、ようやく妻にすることが出来た愛妻の姿がどこにも見えない。


これは由々しき事態に違いないのだが、理汰の表情は冷静なまま。


玄関先に荷物を置いて、紙袋を一つ手に取ると、すぐに真っ暗な自宅を飛び出した。


目的地は言わずもがな、徒歩一分の実家である。


理汰が出張の夜は、決まって羽柴家で飲み会が行われるようになったのは、結婚して二週間が過ぎた頃から。


教授も少しくらい遠慮してくれればいいのに、当たり前のように講演会のお供に理汰を指名してくれるものだから、断るわけにもいかずに独身時代と同じように宿泊同行を余儀なくされている。


結婚してすぐに家を空ける事になって申し訳ないとしょげた理汰に対して、智咲の反応はあっけらかんとしたもので、気を付けてね、お土産よろしくーとサバサバしたいかにも彼女らしい返事が返って来て、げんなりした。


もうちょっと寂しがってくれてもいいのに。


夜には電話するよ、と伝えれば、永子さんのところ行くから電話出れないわたぶん、とすげなく言われて、息子の出張予定を聞くなり実家に呼びつける母親に感謝したいような、もうちょっと遠慮してよと言いたいような、複雑な気分になりながら、自宅を後にした。


まあ、妻が居所不明よりはずっといいのだけれど。


義実家となった羽柴家で相変わらず寛いで過ごしている智咲を見ていると、嬉しくなるし、母親との仲が変わらず円満であることも喜ばしい。


喜ばしいけれど、たぶんこの先何かあっても真っ先に智咲が相談するのは自分じゃなくて母親の永子なのだろうな、と思うとあんまり面白くない。


年下夫なりに包容力と頼りがいがあるところを頑張って見せていかなくては。


たどり着いた実家で、インターホンを鳴らさずに鍵を開けて中に入ると、案の定智咲の愛用のつっかけが上り口に見えた。


「智咲さーん、帰ったよー」


ただいまよりも先に智咲の名前を呼べば、リビングから上機嫌が声が返って来た。


「あ、理汰ぁ、おかえりー。あれ、あんた帰る時間連絡した?」


「したってどうせスマホ見てないでしょ。ってか、スマホは?」


リビングのドアを開ければ、いつものようにローテーブルにお酒とおつまみが並んでいる。


永子はソファに凭れたまま、目ざとく見つけた紙袋に向かって手を伸ばして来た。


「お土産、なにー?東京駅限定のやつ買ってきてくれたぁ?」


「この時間にはもう売り切れだって、智咲さん、スマホ」


「あ、スマホないわ。家だわ」


「だと思った。充電はしてあるよね?」


「使ってないから生きてんじゃない?え、なにお土産、見せて見せて」


「売上トップ3は抑えて来たけど、母さんの言ってた限定のは無かった。智咲さんが言ってた期間限定のはあったよ。でも家」


受け取った紙袋から、包装紙に包まれたお土産たちを取り出して、智咲と永子がはしゃいだ声を上げる。


これは数あるから、職場持って行こう、こっちはうちらで食べようか、と何とも楽しそうなやり取りが聞こえて来て、チョイスに間違いが無かったようだとホッとする。


一度本当に時間がなくて適当に売店でお土産を買って帰ったら、永子からなんでこれ!?と本気で詰られたことがあったので、以降お土産選びは慎重に行うようにしていた。


永子はもうすぐ眠ってしまいそうだが、智咲のほうはほろ酔い程度だ。


良かった。


これで家に帰って即座におやすみと言われたら、さすがに寂しい。


「今日は何飲んだの?これだけ?」


「黒霧島ちょっと飲んで、あとはいいちこーあれは間違いないからね」


「ああそう」


今日は焼酎の気分だったらしい。


テイクアウトして来たらしい人気デリの総菜が少しだけ残っている。


最近の智咲のお気に入りのカキフライと、エビのサラダのパッケージが見えた。


無茶な飲み方はしないだろうし、徒歩1分で家だからいいのだけれど。


「理汰は?帰りの新幹線で飲まなかったの?」


「教授とビール一杯だけね。母さんもう撃沈しそうだよ」


「んー・・・そうね・・・あんたの顔だけ見てから寝ようと思ってたのよ」 


「はいはい、無事に帰ったから、潰れる前にベッド入って」


「いや、もういい、ここで寝る。智咲ぃ、ブランケット」


「はいはーい。ねぇ永子さん、ここで寝て腰痛くならない?平気ですかぁ?」


「そんなにヤワじゃなーい」


けらけら笑った永子にご所望のブランケットを被せて、智咲がローテーブルの上を片付けようと手を伸ばした。


「それ、明日にしない?」


「いやでも放置はまずいわ」


こういうところで生真面目を発揮しなくていいのに、せっせと総菜の残りを纏め始めた智咲をげんなりと眺めつつ、しぶしぶ彼女を手伝って後片付けをしてから実家を出た。

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