第32話 Persian blue-2

「・・・・・・理汰って、最初高校生だったのよねぇ・・・爽やかーに制服着こなしてる今どきの男の子って感じでさぁ・・・うーわ、学園ドラマで見たなこれ、みたいな・・・懐かしさと可愛さでいっぱいになっちゃって・・・可愛い親戚の子ぐらいの感覚で接してきたのよ」


二人を見た時に感じた違和感はこれだったのか。


智咲が羽柴に向ける視線や言葉には常に愛情が溢れていたけれど、それは庇護欲とか保護者意識といった類のものだったのだ。


それにしたってもう10年以上経っているだろうに。


「いまの羽柴は白衣着た研究者ですよ。いつまでも高校生扱いはさすがに可哀想だ」


雪村はここに居ない羽柴に同情する気持ちでいっぱいになる。


「それはね、分かってんだけど・・・・・・私にとって理汰のお母さんは・・・ほんとに、仕事以外でもたっくさんお世話になった恩人みたいな人なのよ。人生の先輩でもあるの・・・だから、そういう人の息子さんを邪な目で見るわけには・・・」


「邪って・・・ただ好きだって言われただけでしょ・・・そんな大げさな」


「でもさぁ、理汰もうすぐ30よ?これから幸せ掴もうっていう時に、アラフォーの私に寄り道させてる場合じゃない」


「・・・・・・なんで師岡さんが寄り道なんですか?」


晩婚化が進んだ昨今、初婚年齢が40代というのも決して珍しくは無いのに。


智咲の中で一体なにが引っかかっているのか。


氷河期に花形の公務員試験に合格して、安定した生活を送っている健やかそのものの彼女が自分を卑下する理由がさっぱりわからない。


「なんでって・・・結婚適齢期はとうに過ぎてるし・・・・・・色々もう終わってるでしょ」


「自分を過小評価しすぎじゃありません?」


何をもって続いている、終わっているというのか、それは人それぞれだろうが、傍から見て智咲はちっとも終わっている女性ではない。


もしも智咲の言う通り終わっている女性だったならば、雪村はとっくに興味をなくして彼女の連絡先を消しているはずだ。


これまで通り過ぎて来た何人もの人間にそうしてきたように。


「雪村くんみたいにね、自分に自信がある人はいいのよ。年齢と共にキャリアアップしてこの先もどんどん人生が開けていく。でも、私は違うの。上昇志向は持ってないし、この先も現状維持を続けていきたいし、なんなら開くどころかこれから先は閉じていくだけ。残りの人生で自分の後始末だけちゃんとすればいいかって、それくらいに思ってたのに」


ああそうか、なにかのきっかけがあって、この人は自分の人生に一区切りをつけてしまったのだ。


この先も訪れるであろう様々な可能性に見切りを付けて手放してしまった。


けれど、今頃になってそれらを抱えた羽柴が目の前に立ち塞がったから、どうして良いかわからないのだ。


あなたはちっとも終わっていないし、まだこれからなんだって選べるし、変えていける。


とお決まりのセリフを言ったところで一つも響かないだろうな、ということは雪村にも理解できた。


智咲にとって雪村は、まさに別次元の今を全力で走っている人間の先頭に立っている存在なんだろう。


ちっともそんなことはないのに。


「羽柴からの告白は、全然次元の違う話だったと」


「そうなのよね・・・ちっとも現実的じゃないのよ」


「ああ、だからデートじゃないとかなんとか」


妙齢の男女がおしゃれして待ち合わせをしたらそれはもう立派なデートだ。


けれど智咲はそれをどこまでも否定したがった。


”自分なんか”と、羽柴がデートするのはおこがましい、と。


「うん。もうそういう感覚も忘れちゃったし・・・この先もみんなを見送って荒波立てずに生きてけばいいかぁって、そういう人間が一人くらいいてもいいんじゃないかなぁって」


「羽柴は荒波立てたいわけでも、師岡さんに上昇志向になってほしいわけでもないでしょう?ただ好きな気持ちを理解して、側に居て欲しいだけでは?」


「んんんん・・・・・・なんかね、それがピンと来なくって・・・」


「羽柴のこと嫌いなんですか?」


「え?いやもう大好きよ。ほんとに。この世で一番幸せになって欲しいくらいに思ってる」


とんでもない惚気を聞かされた気分になって、久保田を飲み干して、手酌で自分のグラスに注いだ。


そこまで分かっているくせに、ここでジタバタしている理由がわからない。


迷ったってもうどうせ捕まってしまうくせに。


頭でっかちになって右往左往している間に、羽柴が母親と一緒になって智咲を絆しにかかる絵が目に浮かぶようだ。


この人には、それくらい強引なほうがいいのかもしれない。


「・・・だったらなんで」


「・・・・・・だから、かなぁ・・・」


「・・・・・・俺が言えることは、師岡さんはまだまだ色んな事諦めるには早すぎるってことですかね」


空になった久保田の瓶を軽く振ったら、智咲がよし、飲もう!と女将に声を掛けた。

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