第12話 delft blue-2
「うちの
良さそうなのを見繕って貰ったつもりなんだけど、と零した理汰に飛びつかんばかりの勢いで頷き返す。
どう考えても智咲が図書館で必死ににらめっこしていた専門書よりも情報が多いし、何より分かりやすい。
「め、めちゃくちゃ使えるし分かりやすいし!感動したぁあああ!どうしよう永子さんっ!理汰が頼もしくなってる!」
お宅の息子さんほんと凄いですね!と母親である永子を褒め称えれば。
「あはははは!うちの息子これでも三十路だからね!」
まあこれくらい出来て当然でしょ、と永子が珍しく誇らしげに胸を張った。
いつもは、男としてはまだまだだ、とひよっこ扱いする癖に。
「それすごく今更なんだけど・・・」
「だって・・・っこないだまであんた高校生だったじゃないっ」
たまに市役所を訪れる制服姿の理汰を見かけるたび、青春万歳!と勝手に盛り上がっていたものだ。
智咲の青春は、決して華やかでは無かったけれど、やっぱり今思い出すと胸が熱くなる。
すでに一足も二足も先に社会人になってしまった智咲からすれば、まさにいま青春時代を謳歌している理汰は、ただただ眩しかった。
彼は見た目が整っていたので、智咲とは180度異なる青春を謳歌していたことだろう。
「10年以上前の話だよ」
「10年かぁ・・・わっかいなぁ。私なんてもう20年よ!?あの頃の理汰見るたびに、これからの子だなぁ、夢があるなぁって思ってたもん・・・・・・・・・ありがとう。理汰。これ持って帰っていいの?」
まさか自分のためにこんな資料を用意してくれるなんて。
図書館の資料とネットで漁った内容では、オメガバースの全体像はどうしても掴み切れなかったのだ。
今もなお全貌の解明がなされていない未知の症例なので、上がってくる情報の中には真偽が定かではないものも多く含まれる。
イノベーションチームとの打ち合わせには、最低限のオメガバースの知識を課員全員が理解したうえで臨みたいと思っていたが、これなら十分みんなで共有することができそうだ。
「うん。許可取ってあるから。イノベーションチームから同じような資料が渡されるとは思うけどね」
事前に知識入れておくとかなり楽でしょ、と言われて、その通りだとこくこく頷く。
「助かるよ。基礎知識のあるなしで大分違うから。向こうの足引っ張るわけにも行かないしね。うちも気合入ってんのよ」
イノベーションチームは、オメガ
地元住民からの反対意見も多くあった施設建設を成し遂げた彼らの功績はかなり大きい。
おかげで、宝来市はオメガ保護の町という二つ名を手に入れて、医療福祉に強い町というイメージが根付いた。
「良かったわねぇ、理汰。やっと頼もしいと思って貰えて」
永子がにやにやと人の悪い笑みを浮かべて息子の肩を叩いた。
「・・・・・・ほんとだよ」
「見直したっていうか、昔から出来のいい子だと思ってたけど、あの抑制剤開発チームとのコネがあるなんてすごいわよ!さすが羽柴補佐!」
「参観日に来た母親みたいな褒め方やめてくれない?」
げんなりと肩を落とした理汰に、智咲は満面の笑みで何度目かのお礼を口にする。
「だってこんなに立派になって!なんかもう私が心配する必要なんて全然ないね。ほんとにありがとうね」
理汰は十分立派な社会人で部下もいて、智咲が世話を焼かなくてはならない子供ではないのだ。
「・・・・・・なんで子離れするみたいな言い方すんだよ」
「ん?あれこれ口煩く言い過ぎたかなって。彼女作れとか結婚しろとか」
「やだ智咲!あんた理汰にそんなこと言ったの?」
「だって永子さんがほったらかしにしてるから。私みたいになる前にお尻叩いたほうがいいんじゃないかなって・・・」
「放っときゃいいのよ。息子なんて勝手におっきくなるんだから。それよりあんたよ。40になって後悔しない自信があるならそのままでいいけど、ちょっとでも不安があるなら、誰か探しなさいよ。若いの」
「若いの!?それはちょっと相手に申し訳ないわよ」
これがいまの理汰くらいの年齢だったら、まだ踏ん切りがついたかもしれないけれど、もう40が見えて来た今は、現状維持が一番だ。
「申し訳なくないって言う相手が出てきたらどうすんのよ」
「ええ?出て来ないから。もし奇跡的にそんな相手が現れたら、そん時考えます。理汰、グラス頂戴。乾杯しよう!」
向けられた矛先をこれ以上胸に食い込ませたくなくて、大急ぎで手を伸ばせば、探るような視線と共に理汰がワイングラスを手渡してくれた。
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