第11話 delft blue-1
”次の休み、家来れない?”
理汰からそんなメッセージが届いたのは火曜日の午後のことだった。
普通、7歳も年下の今をときめく売り出し中の研究者からこんなメッセージが届いたら、え、なに?もしや?と期待に胸を膨らませそうなものだが、智咲と理汰に限ってそれはない。
彼からこういう文面が届くこと自体が初めてだったが、智咲の胸は一ミリもときめくことはなかった。
あ、社内のグループトーク以外で男の子からメッセージ来たの理汰が初めてだわ、と妙な感心をしてしまったくらいだ。
宅飲みの誘いが永子から送られてくることはあっても、理汰からこんな風に呼び出されたことはない。
とはいえ断る理由もないし、智咲が家を訪ねるたびに理汰が在宅していることにはもう慣れっこだったので、とうとうメッセージや電話すら面倒になった永子が息子経由でお誘い連絡をくれるようになったのかと勝手に想像していた。
休日の予定なんてもう何年も前から真っ白である。
食料品の買い出しに行って、週末まで溜め込んだ家事を一気に片づけたら後はフリータイムという名のゴロゴロタイム兼一人飲みタイムだ。
誰に気兼ねすることなく好きなお酒を飲んで酔っ払ってうたた寝して、時にはソファーから転がり落ちて目が覚める。
平和で穏やかな智咲の休日スタイルの定番だ。
二つ返事で行きまーす、と返して、土曜日の夕方に羽柴家にお邪魔すると、いつも智咲が腰を下ろすソファーの片隅に、資料らしき束が置かれていた。
これは何ぞやと首を傾げれば。
「それ、集めれる範囲で集めてみたから」
キッチンからいつものようにいらっしゃいと声を掛けた理汰に、きょとんとした顔を向ければ。
「オメガバースの資料だよ。困ってたでしょ」
予想外の返事が来て、智咲は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「えっ!?うそ!?」
「なーにぃ智咲ぃ。いきなりおっきい声出すんじゃないわよー早くこっち来て座んなさい」
羽柴家の台所は基本的に理汰が仕切っているので、永子は食べて飲む係の人だ。
だから、智咲を家に招く時には大抵待ちきれず飲み始めていることが多い。
案の定今日もそのパターンで、ヴィーニャ・エスメラルダの瓶を傾けてグラスに追加を注いでいる。
この感じだと30分前には飲み始めていたのだろう。
年々酔いやすくなっている永子なので、今日も先に潰れてしまうだろう。
言われた通り腰を下ろしながら、改めて理汰を振り返る。
「ほんとにオメガバースの資料集めてくれたの!?」
「だって要るでしょ?」
さも当然のように返事が返って来てまじか、と用意された資料を確かめる。
「要る、要るけど・・・」
理汰との仕事はひと段落したところで、今回の医療都市シンポジウムの件は、彼とはまったく関係がない。
オメガバースは理汰の専門分野外だし、いくらメディカルセンター勤務といえど彼に頼るなんてこれっぽちも考えていなかった。
ついこの間一緒に仕事をするまでは理汰が社会人になっているという実感すら湧かなかったくらいだ。
「なんでそんな呆けてるの・・・・・・あー母さん、食べながら飲みなよ」
ピクルスとピリ辛もやしのナムルをテーブルに運んできた理汰が、ワインボトルを持ち上げてめちゃ減ってる、と顔を顰めた。
「ありがとう・・・すごい助かるけど・・・でもなんで」
「俺だってメディカルセンターでそれなりに勤めてるんだからコネくらいあるよ。っていうかなんで最初から俺に頼んでくれなかったのか謎なんだけど」
すぐに俺の事思い浮かびそうなものなのにね、と言われてしまう。
「いや・・・ほら、まったくそんなこと思い浮かばなくって・・・」
一緒に仕事はしたけれど、やっぱり理汰は永子の息子で、学生で、未だに弟のような感覚が抜けないのだ。
ほろ酔いの永子が、ソファーの上に資料を引き寄せて視線を落とした。
「ふーん・・・これってオメガバースの資料なんだ?あら、結構わかりやすくなってるじゃないの・・・・・・これって初心者向けなのね・・・」
横から覗き込むと、確かに、オメガバースの紹介リーフレットよりも詳細な説明があり、現在流通している抑制剤の種類や、開発中の抑制剤についての紹介もされていた。
オメガ
現在のところゼロ世代には第二性別の検査義務はないため、希望者のみが病院を受診して検査を受けることができる。
ほとんどの人間は自分がベータだと疑うことなく過ごしているので、ある日突然突発的な
オメガ
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