第13話 duck blue
「以上がオメガバースについての簡単な説明になりますが、質問等ありますか?」
智咲は集まったメンバーをぐるりと見回しながら質疑応答タイムに入った。
事前勉強会という形で手隙の課員数名で会議室に集まって、先日理汰から有難く受け取った資料を元に、イノベーションチームとの打ち合わせまでに最低限の知識共有を図る事にしたのだが、当然課員全員がゼロ世代の職員ばかりなので、資料の読み合わせの時点からみんなの表情は芳しくなかった。
「えーっと師岡さん、うちの子供ね、第一世代で春の健康診断で検査があったんだけど、ベータだったんだよね。でも、この資料によると数年後に検査を受けたらオメガだと発覚する場合もあるって書いてあるじゃない?これってどういうことなのかな?」
「先ほどご説明しました第二性別についての検査は、残念ながら暫定的なものでして、まだオメガバースの全貌解明がなされていないため、この先数年後ベータだと思っていた人間が
「えええそうなの?困るなぁ・・・・・・オメガだとほら、色々不便でしょう?」
「課長、そういうオメガを守る為の法律が、オメガ保護法ですよー」
「井元さん、いい事言った。それも、今回オメガ
「実際僕らゼロ世代は検査義務がないので、ほとんどの人は第二性別を知らずに生活していますから、ある意味明日は我が身ですよ、課長」
係長の松本の言葉に智咲は大きく頷いた。
必要なのは当事者意識である。
「自分はベータだから関係ない、という意識をまず変えることが重要だと思うんです。これから生まれてくる子供たちは全員検査義務がある。必ずその中にはオメガが存在して、それは自分の子供かもしれない。そう考えたら、オメガバースに対するハードルが少し下がりませんか?」
「んー・・・まあねぇ・・・」
顎に手を当てて難しい顔になった課長がうううんと唸る。
第一世代の子供を持っている親ですらこれなのだから、オメガバースがこの町に浸透するのはまだまだ難しい話なのかもしれない。
「あ、はい、分かってますよ!夫も子供もいない私が言っても説得力ゼロですよね!松本くんパス!」
同期で係長且つ既婚者子持ちである松本にボールを投げれば、彼が迷惑そうに顔を顰めながら口を開いた。
「ええっ振りが乱暴だなぁ・・・・・・僕の子供はまだ3歳で、この先確実にオメガやアルファと一緒に生きていくことになるわけだから、やっぱり、どの立場になっても幸せに暮らせる世界を作ってやりたいと思うよ。第二性別は選べないわけだから、選択不可なことのせいで未来を狭めたくはない。だから、いつだれが当事者になっても守って貰える場所があることは有難い・・・かな。オメガの権利を守る為のオメガ保護法と、オメガ
さすが子育て世代の父親は言う事が違う。
そして何より発言に物凄く説得力がある。
智咲は拳を握って課長と次長に向けて訴えた。
「これです!こういう声をシンポジウムで紹介して、よりオメガバースを身近に感じて貰えればと思っています」
「なるほどねー・・・・・・うん。資料も綺麗に纏められてるし、よく出来てる。これで精鋭揃いのイノベーションとの打ち合わせで、使えない行政だと思われずに済みそうだねぇ」
次長が智咲が用意した資料を捲りながら満足そうに頷いた。
次長からの及第点にほっとした表情を浮かべた課長が、思い出したように智咲を見返した。
「それにしても、打ち合わせの準備を頼んだ時はあんなに嫌そうだったのにこの一週間で急に態度が変わったなぁ・・・」
「僕との二人三脚がそんなに不満かと思ってたけど、こんな詳細な資料まで用意しちゃって、急にオメガバースに興味が出たの?師岡」
松本の問いかけにあはは、と苦笑いを浮かべる。
課長から、医療都市シンポジウムの主担当は係長の松本、補佐を智咲に頼みたいと言われた時は正直まったく乗り気ではなかった。
それでなくとも年間スケジュールをこなすので手一杯だし、次回のセミナーの準備もあるし、市内の医療機関への訪問調査もあるのに、そのうえ全国規模のシンポジウムの準備なんてとんでもない。
係長の松本は智咲以上に仕事を抱えながら課長と次長のサポート業務も行っていて、オーバーワーク気味。
松本が気心知れた智咲を補佐に任命したい気持ちは物凄く理解できたけれど、勘弁してくれと本当は言いたかった。
のだけれど、理汰が智咲のためにわざわざ伝手を頼ってオメガバースの資料を集めてくれたことを知って、嫌だ無理だと言っていられなくなった。
そして、資料に目を通していくうちに自分たちが出来ることがちゃんとあるのだと分かって、尚更前向きな気持ちになれた。
だってこの先生まれてくる子供のなかには、きっと理汰の子供だって含まれるはずだ。
理汰がいつか素敵な女性と巡り合って結婚して、生まれた子供がもしもオメガだったら?
智咲は出来得る限りの手段を用いてその子を守りたいと思うだろう。
これは全然他人事ではないのだ。
それに、頼もしくなった理汰に、頼もしくないところは見せたくない。
「ちょっと思うところがありまして・・・・・・たまたま知り合いにオメガバースの資料を持っている人がいたので、勉強してみたらやるべきことが見えたと言いますか・・・」
「えーすごいですね、師岡さん」
井元と田村が口をそろえて誉めそやしてくる。
むしろこれまで関係ないしとそっぽ向いててすみませんでしたと言いたい。
たぶん、仕事で関わらなければ、いつまで経っても智咲にとってオメガバースは他人事のままだった。
「へえ・・・さすがだね師岡くん。きみ昔から真面目だったもんねぇ」
次長の言葉に頷いた課長が、智咲を頼もしい表情で見つめ返してきた。
とうの立った扱いにくい女性職員の枠からどうにか一歩脱出できたようだ。
「松本がどうしても師岡さんがいいって言った理由が分かったよ」
「これで安心して準備に取り掛かれるな。これからも頼むよ」
よろしくねと気安い笑みを浮かべる松本に、どうにか頑張ろうと笑顔を返しながら、智咲は心底理汰に感謝した。
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