第14話 fog blue

「資料役に立ったみたいで良かった」


「推進機構のなかで私の株が一気に跳ね上がったわよ。理汰のおかげね。ほんとにありがとう。これからも頼りにしてるわ」


イノベーションチームとの打ち合わせで訪れたメディカルセンターの敷地の前で待っていた理汰は、なぜか今日も案内役を買って出てくれた。


何度もここには来ているし、もう迷う心配はないのだが、いまいち信用されていないようだ。


「・・・・・・・・・」


理汰の頼もしい仕事っぷりを間近で見て、彼が教授からも信頼されていることはよく分かったし、部下からも慕われていることも分かった。


智咲と同じように社会人として奮闘していることも重々承知している。


「やだ、そこで黙り込まないでよ。無理は頼まないからさ」


これ以上理汰の手を煩わせるつもりはないし、次に一緒になるセミナーはずっと先の予定だ。


安心させるように肩を叩けば、理汰が真顔でこちらを見下ろして来た。


「違う。ちょっと感動して・・・・・・」


「はあ!?」


どこに感動する要素があったのかさっぱり謎である。


「だって智咲さん、俺に頼ってくれた事一度もないから」


「当たり前でしょ。出会った時子供だった相手に頼れるわけないじゃない」


「それさぁ、いい加減返上させてよ。俺もいい歳だし」


ついさっき頼りにしていると言った舌の根の乾かぬ内に、頼れないと手のひらを返した智咲に、理汰が眉をひそめる。


高校生の頃の理汰を未だに引きずっている智咲の中には、子供の理汰と大人の理汰が存在しているのだ。


「そうね、あんたがいい歳だったら私はもっといい歳だもんね、この話はやめよう。でもお迎えは不要です。理汰も暇じゃないでしょ?」


「今日来るって聞いてたから・・・・・・資料の感想も聞きたかったし」


「それは長文のメッセージ送ったでしょうが」


慣れないアプリで四苦八苦しながら、理汰にお礼のメッセージを送ったのだ。


上司からも高評価で、同僚たちもかなり資料を読み込んでくれたので、今回の共同プロジェクトは幸先のいいスタートを切れそうだと伝えておいたはずだ。


「それはそうだけど・・・・・・次、いつ家来るの?」


「え?わかんないけど。なに、新しいお酒でも買ったの?」


「いや、買ってないけど」


「永子さん、最近土曜出勤多いでしょ?」


基本宅飲みの声掛けは永子からなので、彼女が忙しくなると羽柴家への訪問回数は途端に減るのだ。


もちろん、智咲のほうが忙しくお誘いをお断りすることもあるが、役職付きは何かと忙しいので、永子のほうがずっと多忙なのである。


「母さん居なくても俺はいるけど」


「二人で飲むの?」


「飲んでるうちに母さん帰って来るよ」


「まあ、それはそうだけど・・・・・・あんた飲み友達いないの?部署の皆さん感じいい人ばっかりなのに」


先日研究所ラボを見学させて貰った時に、在席中の研究員には挨拶をさせて貰った。


年齢が理汰と同じ位の男性研究員も何人か居たのだが、彼らと飲みに出かけたりしないのだろうか。


「既婚者のほうが多いしね」


「あー・・・それかー・・・・・・」


三十路すぎると途端飲み仲間が減るのはアラサーあるあるである。


ちなみにアラフォーになるとさらに減る。


「美味しいお酒用意しとくから飲みに来てよ。母さんも智咲さん来ると喜ぶし」


「んーそうね。どうせこの先忙しくなるだろうから・・・・・・お邪魔させて貰おうかなぁ」


「そうしなよ。どうせ暇でしょ」


真っ白なスケジュールを盗み見たかのように言ってくる理汰を睨みつける。


「あんたは一言多いのよ」


睨むだけでは飽き足りず、ぺしりと理汰の肩を叩いたら、ちょうどエントランスから出て来たスーツ姿の男性と目が合った。


「師岡さん」


久しぶりに聞くその声と、相変わらずスマートな容姿に釘付けになりながらその名前を口にする。


「え・・・!?雪村くん!?」


智咲の呼びかけに、数年ぶりに会う大学のゼミの後輩はにこやかに笑顔を浮かべた。


「ご無沙汰してます」


「ご無沙汰過ぎじゃない!?え、いつ以来!?教授の引退パーティー以来だから・・・もう5年?6年?やだ、ここで働いてたの!?」


「智咲さん、雪村さんと知り合いなの?」


懐かしそうに喋りかける智咲に、理汰が戸惑った表情で問いかけて来た。


「大学の時の後輩なのよ。えーなんで雪村くんが?」


「俺、イノベーションチームの課長なんですよ」


「へ!?まじで!?」


それは完全に初耳である。


途端砕けた口調になった智咲の仰天ぷりに小さく笑った雪村が頷いた。


軽く頬に影が差すだけでも絵になるイケメンである。


「はい。マジで。メールのやり取りは部下の氷室に頼んでたんですけど、出席名簿見たら知ってる名前があったから、もしかしてと思って・・・・・・やっぱり先輩だったんですね」


顔良し頭良しで有名だった雪村青ゆきむらあおは、ゼミの中でもダントツ人気だった。


けれど不思議と女っ気が無くて、ゼミの誰にも手を出すことなく全員と当たり障りのなく付き合っていた。


当時就活セミナーのサポートをしていた智咲は、雪村に公務員を勧めたが、向いてないのでとあっさり断られて、その後西園寺グループに入ったと風の噂で聞いてたけれど、まさかメディカルセンターにいたとは。


「うわー・・・・・・雪村くんが引っ張ってんだ。そりゃあ精鋭チームって言われるわけね・・・いやーこのプロジェクト安泰だわ!頼りにしてるからね、雪村くん」


病院や介護施設の誘致にイノベーションチームが大活躍していることは聞いていたが、雪村が陣頭指揮を取っているのならその成果も頷ける。


彼がもしも公務員になっていたら、最年少で課長昇進していたに違いない。


「こちらこそ。行政の担当が師岡さんで良かったです。これから長い付き合いになりますから、よろしくお願いします。ところで羽柴くんとは仲が良いんですか?」


「あ、うん、そう。上司の・・・」


息子さんで、と言いかけた智咲を制して、理汰が先に口を開いた。


「智咲さんの友人です」


「あ、うん、そうなの。かれこれ10年来の友達」


上司の息子さんでというと説明がややこしくなるので、この紹介は間違いではない。


お互い大人だし、知人よりも近しい場所に居ることに違いは無いのだ。


初めて口にする友達、という言葉がなんともくすぐったくて、智咲は無意識のうちに頬を綻ばせた。

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