第9話 cobalt blue-2

「へえ・・・・・・シンポジウムで、オメガバースね」


図書室を出て、談話室の片隅で紙パックのリンゴジュースを智咲に手渡した理汰がそれは大変だと感想を述べた。


そう、本当に大変なのである。


毎年全国で行われる医療都市シンポジウムの今年度の開催地に決定した宝来市ほうらいしでは、医療都市推進機構が中心となってシンポジウム開催準備を進めていくことになっている。


毎年、開催地となる市が、力を注いでいる医療事業について紹介を行うことになっており、当然西園寺の町である宝来市ほうらいしは、オメガバースをテーマに取り上げることになった。


が、現在の課員たちはほとんどがオメガバースなにそれ?状態。


もう何年かすれば、第二性別の検査を受けて来た第一世代たちが社会人デビューしてくるので、もっとオメガバースが身近になるだろうが、それはまだ先の話である。


第二性別に関わりなく全員が豊かな未来を選べる都市へ、がスローガンの宝来市ほうらいしの職員が、オメガバースの基礎知識皆無では困るのだ。


残念ながら、全人口の1割弱と言われているオメガの知り合いは智咲の周りにはいないため、ひとまず専門文献で知識を得ようとしたのだが。


「とくに、オメガ保護のためのオメガ療養所コクーンについて紹介をする予定になっててね。誘致に当たって動いたメディカルセンターのイノベーションチームと今度合同会議があるんだけど、それまでに最低限のことは理解しておかないと」


「いまの三十代って完全にゼロ世代だもんなぁ・・・・・・」


オメガバースの検査義務が無い世代のことをゼロ世代、検査義務が発生した時期に学生だった子供たちを第一世代、それ以降の子供たちを第二世代と呼んでいて、当然ながら、ゼロ世代がこの国の大半を占めているのだ。


「そうなのよ。検査義務もないし、発情期ヒートだ抑制剤だって言われても正直ぴんとこなくて。理汰は、研究所ラボで抑制剤開発チームの人たちと顔合わせることある?」


「研究者同士が関わる機会ってないからね。研究所ラボには被験者の人が出入りしてるはずだけど、見たこともないからなぁ・・・・・・それにしても、これはちょっとハードすぎるんじゃない?研究者の文献なんて読んでも余計眠くなるだけでしょ?」


「・・・そうなんだけど、うちの庁舎の地域健康課にあるリーフレットって、ほんとに子供向けのやつだからさぁ」


「ああー、あのひし形の図形で、アルファ、ベータ、オメガの割合が書いてあるやつ?」


「そう。アルファは全人口の約二割で、オメガは約一割。ほとんどの人は人畜無害なベータで、オメガはフェロモンで意図せず他の人を誘惑しちゃうけど、これはしょうがないことで、今はお薬があるから普通のベータと変わらないよ、みんな差別しないでね!っていうアレよあれ」


「まあ、ざっくり説明ならそうなるだろうけど。実際は、体質に合わない抑制剤で副作用に苦しむオメガもいるし、突発的な発情トランスヒートに悩まされてるオメガもいるもんな」


「そういうオメガたちに救いの手を差し伸べるべくオメガ療養所コクーンが建設されたんだよっていう方向に持ってって、宝来市ほうらいしはオメガとの共存を望んでいますみたいに綺麗に纏めたいのよね。理想は」


「なるほど。で、説得力を持たせるために資料集めと」


「その通り。で、理汰は?」


「ん?俺はいつも通り文献探しと暇つぶし?」


図書館に通いなれている様子の理汰に、ふと学生の頃の彼が重なった。


「あんた昔から本の虫だったもんね・・・ちょっとエッチな漫画でも並んでるかと思って本棚見に行ったら細胞やら医学やらの専門書ばっかり詰め込まれてて、しょーもなって思った記憶あるわ」


「ちょ・・・・・・いつの話してんの。っていうかなに勝手に人の部屋入ってんだよ」


プライバシーって言葉知ってる?と真顔で詰られる。


「えー?だって気になるじゃない。思春期の男の子の部屋ってどんなかなぁって。まあ、肩透かし食らったけど」


実はベッドの下までチェックしたけど何も出てこなかった、ということは年上の女性として黙っておく事にする。


普通クラスでそういう雑誌を回し読みして持って帰ったりするものではないのだろうか。


実際智咲が高校生の頃は、しょっちゅう風紀点検でその手の雑誌を取り上げられている男子生徒が居たものだ。


わざわざヌード写真集や水着の雑誌を学校に持ってくること無いのに、と説教を受ける男子生徒に呆れた眼差しを向けていたことを思い出す。


「見られたくない本は電子で買ってんの」


ちゃんと考えてるんだよと不貞腐れた表情で言い返されて、ああ電子か!と合点が行った。


もしや、女の子に興味がないのかと思ったりもしたのだが、そうではないらしい。


智咲が電子書籍に手を出したのは二十代後半に入ってからだ。


「ああ・・・そっか。それもそうよね。私らの時とは時代が違うんだから」


「・・・・・・・・・っていうか、この話やめない?なんか死ぬほど恥ずかしいんだけど・・・」


珍しく耳を赤くした理汰に言われて、智咲は失礼いたしました、と返した。




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