第7話 cerulean blue-2

今目の前にいる立派な肩書きを持つ研究者は、智咲にしてみればちょっと前まで高校生だったのだから。


これで頬を緩めるなというほうが無理だ。


「ええーごめんーだってさー。なんか理汰が上司面してるのとかなんかもう・・・嬉し恥ずかしでさぁ!あんたも一人前になったのねぇ!」


羽柴家で会う理汰は、あくまで永子の息子としての理汰なので、こんな風にぴしっとしていないし、白衣が似合う研究者でもない。


もちろんそれは智咲のほうとて同じことで、今日みたいにジャケットを羽織ってパンプスを履いてよそ行きの笑顔を張り付けたりもしていない。


お互い素の自分を曝け出している二人がこうして社会人然として向き合うのはなんだか気恥ずかしいものだ。


これまでの歴史を感じて、しみじみしたり、照れ臭くなったりと忙しい。


参観日で息子の成長を見守る母親はこんな気持ちなんだろうか。


「それはこっちの台詞だよ。これ見よがしに外面全開で挨拶されて、あんな笑顔見たことないけど?いっつも仕事であんな感じなの?」


どこのセールスレディかと思ったと嫌味が飛んでくる。


職員の対応や返事一つで揚げ足を取ってくる市民もいるので、穏やかな笑顔で常に冷静に対応する事は、窓口業務の必須事項とされてきた。


若い頃鍛えられた表情筋が大いに役立っている。


「だってここはお客様だもの。この先ながーいお付き合いになるんだから、媚び売っておかないと」


行政と医療都市推進機構が手を取り合って、地方都市の医療都市化を推し進めていくのだから、そりゃあ愛想も良くなるというものだ。


誰が好き好んで無愛想になるものか。


円滑円満にこのプロジェクトを遂行したい気持ちは、智咲も理汰も同じはずである。


「智咲さんのそういう笑顔見てるとむずがゆい気持ちになるんだけど」


普段見たことないし、と言われてそりゃそうだろうと頷いた。


普段羽柴邸で見せている笑顔は、完全に智咲の素の笑顔で、気を抜きまくっているのだから。


「あら奇遇ね、私もよ!なんか違和感しかなくって・・・・・・あの子佐古井さんだっけ?ほんと感じいいわね。もっと堅苦しい人が集まってるのかと思ってたけど」


研究所ラボと聞けば眉間にしわを寄せた偏屈な人間の集まりなのでは?と部外者は思ってしまう。


まさかあんなに愛想のよい女子スタッフがいるとは。


「そうでもないよ?ほかの研究所ラボは分からないけど、うちは結構緩いほうかもね・・・・・・井元さん、智咲さんに懐いてるね」


「そうねー。おばさんだからって弾かれずにすんでホッとしてる。今どきの最新情報はみーんなあの子たちから入って来るのよ。ああいう子がお嫁さんで来てくれたら、永子さんも安心だと思うんだけど・・・・・・」


「またその話・・・」


「こないだあんたにもう29だって言われて、私も色々考えてさぁ」


「智咲さんが考えることじゃないでしょ」


「いやでも、いい子は早く売り切れちゃうから、ビビッと来たらばっと掴まないとね?私みたいになるわよ」


「別にいいでしょ」


「いや良くないよ。心配するし。理汰、どんなタイプが好みなの?井元さん駄目でも井元さんの同期とかいい子いるからさ」


そう言えば、理汰とこんな話をするのは初めてのことだった。


そうか、とうとう理汰も結婚適齢期なのかと妙にしみじみしてしまう。


「どんなって・・・・・・・・・強いて言うなら・・・・・・責任感の強いタイプ?」


「あー永子さんみたいなね。うんうんで、見た目は?」


「・・・・・・・・・・・・あんまり自分の魅力に気づいてないタイプ?」


「ふんふん中身重視ね。いいわよ、目の付け所は間違ってない。分かった、ちょっと良さそうな子がいないか訊いてみるから」


私に任せて、と胸を張れば、理汰が途端白けた目を向けて来た。


「俺より自分をどうにかしようとは思わないわけ?」


「・・・・・・何言ってんのよ、私はもう手遅れよ。だから、あんたが手遅れになる前に手を打つの。若くて可愛いくて、性格もいい子、探してみるから」


「・・・・・・・・・あのさ、探すのは年下限定なの?」


「え?まあ、あんたの歳考えるとその方がバランス良くない?ほら、結婚したら子供のこととかあるし・・・」


どうせなら、井元くらいのまさに絶賛売り出し中の年齢の女の子をお嫁さんにして貰いたいものだ。


「・・・・・・智咲さんてさぁ・・・・・・」


「なによ?」


「・・・・・・・・・別に・・・・・・とにかく、智咲さん経由での紹介は受付てないから」


不貞腐れたように理汰がぬるくなったコーヒーを煽った。

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