第6話 cerulean blue-1
「講演会お疲れ様でした。ご協力ありがとうございました」
通された会議室で、後輩の井元と二人で丁寧に頭を下げる。
講演会は満員御礼、リモート出席者も含めると予定受講者数を大幅に超える参加者が集ってくれた。
まさか130パーセント超えになるとは思わず、幸先の良い新年度のスタートを切ることが出来て、課員全員がホッと胸をなで下ろしている。
とはいえ、セミナーは定期的に行われるし、今年はこの市で医療都市シンポジウムが行われるので、その準備も進めて行かなくてはならない。
やる事は山積みである。
井元が差し出した菓子折りを受け取って、白衣姿の理汰が温厚な笑顔を浮かべた。
「こちらこそ。うちはこの通り研究機関なので、細々とした注文も多いなか柔軟に対応して頂いて助かりました。教授も今回の結果をとても喜んでおられました」
講演会のアンケート結果を先にメールで送っておいたのだ。
参加者たちの感想は案の定専門用語だらけで、畑違いの智咲にはさっぱりだったが、どれもみな好意的で、次回の希望を熱望する声も多く見られた。
「良かったです。その言葉を聞いて安心しました。本当は教授に直接お礼を申し上げたかったんですが、スケジュールの都合が合わず、申し訳ありません」
「いえ。お気になさらず。教授は
すみません、と理汰が答えるとすぐに会議室のドアがノックされた。
先日挨拶をした部下の佐古井が運んできたお茶を智咲と井元の前に置いて、理汰の前にはブラックコーヒーを置いて頭を下げる。
「ありがとう。佐古井さん、こちら推進機構さんから差し入れ頂いたから・・・」
テーブルに乗せていた紙袋を受け取った佐古井が、ぱあっと表情を明るくした。
「わあ!ありがとうございます!あ・・・・・・鈴乃屋のカステラ!教授の大好物なんですよこれ」
「はい。そうお聞きして。沢山あるので皆さんでどうぞ」
井元が自信満々に答える。
打ち合わせの最中の雑談で、教授の好物を聞きだしたのは井元だった。
こういう気遣いが出来る女の子は物凄く重宝される。
公務員の癖に、と煙たがられることも少なくないので、常に低姿勢で相手の懐に上手く入っていける人間は味方も増えるし生き残りやすい。
そういうすべを、智咲も永子から少しずつ教えてもらった。
そして今は、後輩たちにそれを伝えて行っている。
永子の背中を追いかけようと必死になっていたあの頃は、自分が何人もの後輩を持つようになるなんて夢にも思わなかったけれど、先輩という肩書きを持ったら持ったらでどうにかなるものなのだ。
人はちゃんと順応できるように出来ているのだから。
そうでなくては、独り身で逞しく生きてはいられない。
「井元さん、この
理汰からの提案に、井元がぱあっと表情を明るくした。
「え、いいんですか!?」
機密情報がふんだんに収められている
管理権限を一時的に預かっている理汰が見せても良いと判断した場所だけだろうが、それでも物凄く貴重だ。
「普段はお見せ出来ないんですが、今回は特別に。佐古井さん、ご案内して差し上げて」
「ありがとうございます!あ、あの、師岡さんは?」
当然一緒にいきますよね?と視線を向けて来た後輩に笑いかけると、先に理汰が口を開いた。
「師岡さんには、報告書にサインをお願いした後で、僕がご案内しますので」
にっこりと笑みを浮かべてこちらを見つめる彼の表情は、会社仕様のものではなくて、何か彼が智咲に個人的に物凄く言いたいことがあるのが見てとれた。
これは残った方が良さそうだ。
「だそうだから、ゆっくり見学してらっしゃい。ご迷惑をおかけしないようにね」
「ありがとうございます!」
「では、ご案内しますねーこちらへどうぞ」
佐古井のアテンドに従って会議室を出ていく井元を見送ってからふうっと肩の力を抜いた。
理汰と知り合いだという事は課員には話していなかった。
面倒だったし、言う必要もないと思っていたからだ。
「ちょっと智咲さん」
二人きりになった途端渋面を作った理汰に見下ろされて、智咲はきゅっと眉根を寄せた。
「なによ?」
「さっきからニヤニヤしすぎなんだけど?」
飛んできたクレームに堪え切れずに噴き出してしまう。
だってしょうがないじゃないか。
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