第45話 sky blue
玄関のドアの閉まる音がして、ホッと息を吐いた途端腰を攫われた。
かけられた体重を受け止めきれずにソファーの座面に手をついたけれど、それでも無理でずるずると横倒しになる。
圧し掛かって来た理汰の上機嫌な笑顔が間近に見えて悔しいなと思ったら唇を吸われた。
ちゅっちゅとリップ音付きでご機嫌伺いをしてくるのは唇だけ。
早速カットソーの内側に潜り込んで来た手のひらが不埒な動きをし始める。
背中を撫でて腰のラインを辿った指がウエストの当たりを擽って来て、上に逃げたらゴムスカートが下にずり下がった。
しまった洋服のチョイスを間違えた。
慌てて伸ばした手を押さえた理汰がスカートをさらに引き下ろす。
「ちょ・・・」
「してもいいって許可出てるでしょ」
智咲が来たときは耳栓して寝てるからこっちのことはお構いなくと宣言されたのは二週間程前の話だ。
永子がどういうつもりでそんなことを言ったのか(考えるまでもなくそういうつもりなのだろうけれど)分からないが、智咲としてはその気遣いを簡単に受け入れることなんて出来ない。
永子不在のこの家には智咲と理汰の二人きり。
だからっていきなり甘ったるい雰囲気になられても困る。
困るのに理汰の手のひらはもうすでに熱を帯びていて、触れる唇も嫌になるくらいじれったくて優しい。
「でもしないって言ったよね!?」
「母さんもう出かけたけど?」
「二人きりだからいいとかそういう問題じゃ・・・ンぅ」
ここはもう倫理観について徹底口論しようと覚悟を決めて理汰を睨みつければあっさりと唇を奪われてしまった。
入り込んできた舌先が滑らかに動いて歯列を辿って逃げた智咲の舌を追いかけてくる。
優しく舌裏を擽られて顎を引いたら舌の付け根を扱かれて、目の前でチカチカと星が弾けた。
「っふ・・・っ」
じゅわりと潤んだ心と身体が一気に熱を欲しがって芽吹き始める。
智咲の反応に気を良くした理汰が指の腹で背中のホックを引っ掻いてきた。
「こっちだったら、声我慢しなくていいよ?」
「~~~っ」
なんて声で誘いかけてくるのか。
ハチミツに砂糖をぶちこんでチョコレートでコーティングしたようなかすれ声で囁いた理汰が、耳たぶに唇を押し付けたまま吐息で笑う。
「俺もたまには智咲さんの声いっぱい聞きたいんだけど?・・・・・・・・・指噛ませるのも楽しいけどね」
必死に唇を噛み締めて嬌声を堪える智咲に、理汰が自分の指を差しだしたのは二度目の夜のこと。
一度目の夜は、ほぼ処女に戻っていた智咲の身体をほどくことに全力を注いだ理汰は、好きに腰を使うことはしなかった。
だから、ちゃんと声も堪えることが出来たのだ。
今ならわかる。
一度目は完全に手探りだったのだと。
智咲の身体を隅々まで確かめて、気持ち良い場所を綺麗に探り当てた理汰は、二度目の夜から遠慮を捨てた。
その結果智咲は唇を噛み締める羽目になったのだ。
震える隘路を押し広げながら腰を揺らした理汰が、折り曲げた人差し指を智咲の口内に押し込んで、噛んで、と言われた瞬間全部はじけ飛んだ。
優しく舌の表面を指の腹で撫でられながら浅く緩く突かれて、腰を揺らすタイミングで最奥を抉られて、息を詰めて理汰を締め付けたら答えるように穿たれた。
快感が弾ける感覚を思い出して、つま先を丸めて上り詰めた瞬間噛みつくように唇を塞がれてそのまま一番奥まで暴かれた。
痛みは少しも感じなかった。
圧迫感と息苦しさの中で智咲の身体の一番奥まで理汰に埋め尽くされた。
無理だと背中を引っ掻いて訴えればすぐに身体を起こした理汰が探り当てた浅い場所ばかり責めて来て、そこからは智咲が一方的に悦くなる番だった。
緩く浅く撫でられて、時折意地悪く奥を探られて、智咲の反応が変わるたび理汰は嬉しそうに目を細めた。
朦朧とする意識の中で彼の指を確かめれば、いくつもの歯形が残っていて、死ぬほど居た堪れない気持ちになった。
理汰は唾液にまみれたそこに嬉しそうに唇を寄せて微笑んだ。
『智咲さんからはじめて痕残して貰えた』
馬鹿じゃないのと言いたかったのに、上手く言葉に出来なかった。
理汰の愛情の重たさを実感した夜だった。
「私は・・・・・・あんたの指は噛みたくないのよ」
「え、でもこうやって舌擦られるの好きだよね?すげぇ締め付けて来るもん」
折り曲げた人差し指を淫らに動かして、理汰が目を細める。
力加減が絶妙なのか、それとも理汰の指だからそうなるのか。
たぶん、そのどちらもだ。
「俺は涙目の智咲さんに指噛まれながら奥突くの好きだよ。智咲さんの全部俺の好きにしてる感じがする」
「結構ずっと理汰の好きにしてるでしょ」
「そう?俺はまだ遠慮してるつもりなんだけどなぁ」
「あんたの遠慮は遠慮じゃないよ」
「でも嫌いじゃないでしょ?もうここ気持ち良さそうだもんね?」
油断した智咲の内ももを弄った理汰が、下着越しにそこを確かめて目を細める。
くちゅりと響いた水音が智咲にもはっきりと聞こえた。
軽く指を擦りつけられて、いよいよ我慢できなくなる。
伸ばしたつま先を丸めかけたら、理汰が意地悪く指を離してしまった。
「一人で気持ち良くならないでよ。して欲しいならちゃんと言って」
覗き込んできた悪戯な瞳を睨みつける事10秒。
観念しかけた智咲の耳に、玄関のドアの開く音が聞こえて来た。
「りーたぁー!ごめん!人身事故!電車止まってるの!新幹線の駅まで送って!!」
上り口で大声で叫ぶ永子の声に、甘ったるい空気が一気に霧散する。
慌てて自分の身体を抱き寄せた智咲の赤い頬にキスを落とすと、理汰がゆっくり身体を起こした。
ソファーの端にあったブランケットで智咲の身体をくるみこむ。
「分かったから、そこで待ってて。智咲さん寝てるから」
これが絶対正解のはずなのに、勝手に熟れた身体は火照りを逃がしてくれない。
涙目で理汰を見上げたら、こちらを見下ろした彼が目線でごめんね、と謝って来た。
車のキーを掴んだ理汰が廊下へと消えていく。
「はいはい。寝てるってことにしとくわよ。智咲ぃーごめんね!すぐに返すから!」
理汰と智咲が何をしていたかまるで見ていたかのような永子の台詞に、智咲は頭までブランケットのなかに潜り込んだ。
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