第44話 royal blue

「あらーいいの選んで貰ったじゃない。しかもブランドもの。智咲奮発したわね」


智咲から貰った、と帰宅早々贈られたプレゼントを自慢げに広げてみせた理汰に、永子は笑顔を返した。


暗い灰みの紫とネイビーの組み合わせがシックなネクタイは、大人の理汰に良く似合っていた。


前回彼に贈ったネクタイは、25歳になる彼への就職祝いだったのでフレッシュさと大人っぽさを併せ持つ色やデザインにしたのだが、今回はもうすぐ三十路になる彼へのプレゼントなので、この先5年は使える落ち着いた色合いのものを選んだ。


ブランドも前回贈ったネクタイとは変えてある。


前のものは若者に人気のスーツブランドで選んだネクタイで、今回は海岸通りの老舗ブランドで選んだ。


「あ、彼氏に昇格したからか!」


「ちょ、違います!いまの理汰にちょうどいいブランドかなぁって」


どうせなら長く使えるものをあげたいなと思ったのだ。


それに今の彼なら似合うとも思った。


「それで、あんたは智咲に何をあげるの?」


「それがさ、欲しいものないって言うんだよ。ちょっとその先のブランドショップ覗いてみようって言ったのに」


「だから、欲しいものは自分で買うし、私ブランドに興味ないのよ。あんたも知ってるでしょ」


理汰は教授のお供で講演会に出かけることも多いけれど、智咲は基本内勤だし、イベントに顔を出す時はジャケットさえ羽織ればいい。


理汰と付き合い始めてからクローゼットの中身は増えてカラフルになったし、これ以上欲しいものは本当にないのだ。


「べつに洋服じゃなくてもアクセサリーとかさ」


「つけないもん。要るなら自分で買う」


「・・・ほらこれだよ。いつになったらペアリング強請ってくれるんだろ」


「あ、あんたは永子さんの前でなんてこと言うのよ!?」


そういうことはよくよく二人で話し合ってその上で母親に報告するべきものだ。


この親子は最初の智咲との距離が近かったせいか結構なんでも開けっ広げにしすぎるきらいがある。


隠しても無駄だと思われているのかもしれないが。


智咲の悲鳴を受けて、永子がしみじみと頷いた。


「ほんとねー。智咲、あんたいつまでその指すっからかんにしとくつもりなの?」


「だ、だって私たちまだ付き合って三か月とかだし!」


「お見合い結婚だったらとっくに結納しててもおかしくない時期だよ」


「なんでお見合い結婚を引き合いに出すのよ!?」


真っ赤になって言い返した智咲の顔を覗き込んで理汰が首を傾げた。


「智咲さんの気持ち的にはどうなの?」


「っへ!?」


「俺はずーっと待つつもりでいるけど、40までには覚悟決めれそう?」


急に覚悟を問われて後ろ足を引いてしまったのは完全に無意識だ。


「っか、覚悟!?」


「俺と一緒にいる覚悟」


「っはあ!?」


付き合って三か月で恋っていいなぁとふわふわしていた智咲の前にいきなり現実が突き付けられた。


ぎょっとなって目を丸くする智咲に、永子があーこりゃだめね、と肩をすくめた。


「理汰、あんたが部屋買ったほうが早いんじゃないの?このマンションどっかに空き部屋出てないわけ?」


「永子さんまで何言いだすんですか!?」


「だってあんたがこっちに来てくれたら色々便利だし、理汰だってイチャイチャするためだけに車出すの面倒でしょ?」


「~~~っ」


バレているとは思っていたけれど敢えて口にしなかったことをズバッと言われて二の句が継げなくなる。


さすがに理汰も面食らったようで黙り込んだ。


どんなに名残惜しくても一緒に朝を迎えることなく理汰を帰宅させていた智咲の努力は完全に無駄だったらしい。


「管理会社に訊いてみるよ」


「え!?は!?」


気まずくて黙り込んだと思っていた理汰はただ単に思案していただけのようだ。


「そうしなさいよ。智咲マンションの契約どれくらい残ってるの?」


「え?あ、あと一年・・・ですけど」


「じゃあちょうどいいじゃない。今からじっくり準備して空き部屋出たらすぐに押さえれば」


テキパキとこの先の予定を立てていく永子はまるで仕事中のように頼もしい。


いや頼もしいのだけれど。


「そうだな・・・じゃあ、智咲さん、やっぱりペアリング買ってくれる?」


「はい!?」


話が振出しに戻って目を剥けば、理汰が満面の笑みでこちらを見下ろして来た。


「俺代わりに家買うから」


「ちょ、ちょっと待ってよ!!!」


ペアリングの値段とマンションの値段は横並びに出来るものではない。


「あ、あああんたね、家買うって審査と年収とか・・・」


「研究職って信用あるから余裕だよ。ここだったらどうせ中古だし」


しれっと言い返した理汰に、永子がこくこく頷いた。


「これからもう私に気を遣わなくていいから、堂々と朝帰りしなさいよ。夜中にコソコソされるほうが嫌よ。これでも一応智咲がうちに来たときは耳栓して寝てるんだから、多少の物音じゃ起きないわよ私」


酔ってると朝までぐっすりだしーと唄うように言って、永子がそれじゃあねと部屋に戻っていく。


耳栓してたなんて初耳だし、そんな気遣いをされていたことも初耳だ。


永子の中ではこの家で理汰と智咲がそういうコトをするのはアリなのだろうか。


「・・・だって、どうする?」


楽しそうにこちらを見つめてくる理汰の肩を突っぱねて、廊下に向かって大声で叫ぶ。


「っっし、しませんよそんなこと!」


「でも智咲さんの部屋よりウチのほうが防音が・・・」


智咲の部屋の壁が分厚くないのは確かだが、いつも声をこらえてしまうのは理汰に聞かれるのが恥ずかしいからだ。


ただでさえ蕩け切った身体を曝け出しているのに、声まで我慢できないと思われたくなくて必死に我慢していた。


「理汰は黙って!口縫うよ!?」


噛みつく勢いで言い返せば、ぎゅうっと両腕が背中に回されて理汰が首筋に頬ずりしてきた。


「縫わないでよ・・・・・・どうしよう・・・してもいいって」


囁き声と共に腰を押し付けられて、慌てて背中を逸らす。


「するわけないでしょ!?」


「・・・・・・じゃあやっぱり智咲さんの部屋に行かないと・・・・・・キー取ってくる」


額にキスを落とした理汰がそっと腕を解いた。


「~~~っ」


黙り込む智咲の両目を覗き込んだ理汰が勝ち誇ったように問いかける。


「今日は泊まるけど、いいよね?」


目を伏せて頷けば、唇に噛みつかれた。

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