第43話 Prussian blue-2
「っは・・・ぁ・・・」
唇を撫でていた理汰の指が熱い吐息を受けて震えた。
ぐうっと抱きしめる腕に力がこもって大きな手のひらが膝の上をくるくると撫で上げた。
これが智咲の部屋だったならば、とっくにベッドの上で組み敷かれている。
一度は逃げる智咲の身体を引き寄せて膝を割って陣取った後の理汰の幸せそうな笑顔はぞっとするくらい綺麗で。
味わうように膝裏からふくらはぎ、足首からつま先までを丁寧に舐めて撫でて頬を寄せる仕草は直視できないくらい色気がある。
この男にこれから抱かれるんだと思うと、それだけで自分が上等な女になったような気がしてくるのだ。
それくらい、理汰は智咲を丁重に扱う。
「我慢しないで、腰揺らしなよ。声出ないようにして触ってあげる」
熱のこもった内ももを優しくなでた理汰が、甘やかすように囁いてきた。
強引に膝を割られたい気持ちと、このまま堪えて欲しい気持ち、二律背反の思考が頭の中で渦になる。
彼の指がどこに触れた瞬間に思考が蕩けて、弾けるのか、しっかりと記憶に焼き付けてしまった。
だからこそ理性の手綱は緩めてはいけない。
「・・・い、や」
「俺に抱かれるのが、じゃないよね?」
首筋に甘えるように頬ずりしてきた理汰が、分かったよと手のひらを外側に移動させる。
宥める動きになったことを、その一瞬に理解してしまう自分が悔しい。
「・・・永子さんが・・・起きてきたら困る」
こんなところ見られたら、もう二度とこの家に来られない。
「結構飲んでたし、朝までぐっすりだよ、きっと」
「お、落ち着かないとこでするのが嫌なの」
自宅マンションのベッドの上でなら素直に受け入れられるけれど、ここでは無理だ。
リビングで致したりしたら、事後処理とか後処理とか余韻とかが大変なことになる。
大体飲んだ勢いでリビングでそのままって、大学生の飲み会か。
本当にここ最近信じられないくらい緩みまくっている思考回路に嘆きそうになる。
会うたび理汰は甘ったるいし、電話の声も甘ったるいし、もうお腹いっぱいだと思うのに、無意識に手を伸ばしている自分が嫌になる。
永子が二人の交際報告を受けて零した”私もハマっちゃって出来婚だからなぁ”という一言が物凄く胸に響いた。
適度に甘えて、適度に放置して、適度に甘やかして。
これまでの恋愛遍歴のなかで彼が悟った距離感は、智咲にとっては絶妙で。
本当に、癖になったらどうしてくれよう。
「・・・・・・いつもすぐわけわかんなくなってるくせに」
経験値の差をひけらかすような辛口の一言が飛んできて、あんたねぇと振り返って睨みつければ。
「どこ触っても気持ちいいしか言わないの、智咲さんでしょ?」
「っ・・・っふ・・・っ」
だってそうなんだからしょうがないじゃないか。
お世辞にも多いとは言えない恋愛経験のなかで覚えてきたいくつかの快感は、もはや化石程度にしか残っておらず、
性欲とは無縁の場所で何年も過ごしてきて、それどころか胸がときめく経験すら皆無だったアラフォー女子に、砂糖水を与えてあまつさえハチミツの海に突き落としたのはどこのどいつだと言いたい。
悔しいけれど、もう終わったとか、女を捨てただなんて言えない。
言えなくさせたのは理汰だ。
みっともなかろうが、年甲斐がなかろうが、じたばたもがくよりほかにない。
だってコレに関しては、理汰のほうが一枚どころか三枚も上手だ。
ちゃんと加減して、一番気持ちいい場所をなぞって、擽って滴らせて。
潤んだ智咲が物欲しがるところまで計算ずくで抱いてくる。
「朝には帰るよ。それでもだめ?」
「・・・・・・だから、そういう隠れて・・・」
こっそり家を抜け出してイチャイチャして、母親が起きる前に自宅に戻る。
まるで高校生のような恋愛。
こんなこと理汰にはさせたくないけれど、それでもまだしばらくはこのスタンスを保って貰いたい。
「しょうがないでしょ。オープンにしたくないの、智咲さんだよね?」
「あの、慣れ、だと思うから、こういうことは・・・」
「慣れかな?性格の問題だと思うけど・・・まあ、俺はいくらでも家に通うけどさぁ・・・それより、もっと手っ取り早く解決しませんか?」
「同棲だめよ、それだけはダメ。」
二十代男女ならともかく、三十代でそれをしたらゴールなんて見えなくなるに決まっている。
これだけはきっぱりと言い返した智咲に、理汰が髪を撫でる手を止めて頬にキスを落とした。
「うちなんて母親公認なんだし、そういう遠回りはなしにして、俺と結婚しませんか?」
「っはい!?」
「あ、ちなみに、ちょっと待ってって言われたら、はいって言って貰えるまでずっと待つからね。俺を寂しい独り身で終わらせたくないなら、早めにいい返事して。自分で言うのもなんだけど、俺、今絶賛売り出し中の超優良物件だからね」
「・・・・・・ちょ、本気?あのさ、言いたくないけど、私36だしね!?子供だって難しいし、この先歳取ってく一方だし」
「あのさ、智咲さん。俺は子供の話も歳取る話もしてないよ?一番好きな人に、この先も一生側に居て欲しいから、プロポーズしてるだけ」
ほかになにかいる?と真顔で首を傾げる理汰に、もう言葉が出ない。
夫婦とか家庭とか家族とか、色々頭でっかちに考えていたこと全部が木端微塵に吹き飛んだ。
理汰は、智咲がただ好きで一緒に居て欲しいから結婚したい、という。
プロポーズに、ほかに必要なものなんて何もない。
「・・・・・・い、いまの・・・念書書かせるよ・・・?いつか、私がもっとおばあちゃんになった時に後悔しても知らないからね」
ありがとう、よろしくお願いします、じゃないのが逆に自分たちらしい気がした。
思えば、二人の始まりもこんな感じだったじゃないか。
及び腰になった智咲に気持ちだけ教えてと言ってくれた理汰がいたから、いまの自分はここに居るのだ。
「いいよいいよ。智咲さんの気が済むなら何枚でも書くよ。でも先に婚姻届出そうね」
俺も言質取ったよ。と理汰が嬉しそうに笑った。
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