第42話 Prussian blue-1
「もう飲まないで。おしまい」
真上から伸びてきた手にグラスを取り上げられて、むうっと眉根を寄せる。
睨みつけてやろうと待ち構えていたのに、待てど暮らせど彼は目の前にやって来ない。
と思ったら、そのまま真後ろを陣取った理汰に背中から抱きしめられた。
首筋に甘えて来た彼に気を抜いた途端、ぺろりと項を舐められて慌てた。
「っちょ!」
これが自分の部屋だったなら、くすぐったいよと笑って返す余裕もあるが、いまここでは絶対に無理だ。
振り向いた智咲の頬にキスを落とした理汰が、静かにねと呟く。
静かにして欲しいならまずはこの距離をどうにかしてよと言いたい。
「っしー・・・煩くしたら母さん起きるよ?いいの?」
俺は別に見られても平気だけど、と開き直った理汰が、心底本気でそれを言っていることをもう嫌というほど理解している智咲である。
「駄目に決まってんでしょ」
永子の呼びかけで行われる羽柴家の宅飲みでは、これまでの優等生顔が嘘のように我が物顔で智咲の真横を陣取って、隙あらば頬にこめかみにキスが落ちてくる。
身を捩って逃げようとすれば伸びてきた腕に閉じ込められて、呆れた顔の永子から、あんたもそろそろ勉強しなさいよ、うちの子愛重たいのよと突っ込まれる始末。
あんたがうちの嫁になるなら大歓迎ともろ手を挙げて祝福されてはいるものの、やっぱり恥ずかしさのほうが勝ってしまって、永子の前では極端に他人行儀にしたがる智咲に理汰が不満を抱いていることも知っている。
が、そう簡単に割り切れるものではない。
だって、智咲にとっては、理汰と過ごした時間より、永子と過ごして来た時間のほうが長いのだ。
とにかく、永子がいる時はイチャイチャ禁止と厳しく言いつけて、どうにか口約束を守らせてはいるものの、酔った母親の姿が自室に消えた途端、理汰はすっかり彼氏の顔を取り戻してしまった。
そして、その顔に智咲が弱いことももうバレている。
無駄に顔のいい年下男子にまんまと絆されてしまった。
「理汰、そっち座んなさいよ」
お腹を撫でる手のひらが、いつ胸に伸びてくるかと気が気でない。
彼がどんな風に智咲の柔らかい胸を愛撫するかもう知っているので、身体は勝手に期待し始めるのだ。
男日照りが続いていたアラフォーの身体を巧みにほどいて火をつけた理汰の手腕は見事だった。
尋ねたことはないが確実に経験人数が智咲の上を行っているに違いない。
彼は智咲を蕩けさせることに少しも躊躇わなかった。
翻弄されて溺れて夢中になったのはやっぱり智咲のほうだった。
苦しくて嬉しくて満たされた夜は、何度過ごしても智咲の胸を甘く疼かせて止まない。
無意識に背筋を伸ばしたら、ぐうっと腕に力をかけられて足りない腹筋が悲鳴を上げる。
どこをどうしたら智咲が身体を震わせるのか、これまでの数回で理汰は完全に把握してしまったのだ。
だからこうやってぎりぎりのところで智咲を誘いかけてくる。
智咲が自分を欲しがるように。
「そうそう、そうやって素直に甘えててよ・・・・・・それか、今からでも智咲さんの部屋行く?・・・最近俺泊りに行けてないし・・・」
お互い仕事もあって部下もあって抱えている案件もある二人なので、平日毎日のように会えるわけではない。
予定が合えば理汰が智咲の部屋に寄って、日付が変わるまで過ごして帰る。
それも週に二回ほど会えれば良い方だ。
理汰が教授のお供で出張になると、軽く一週間会えない時もある。
そういう時を選んで永子から飲みにおいでよと誘われるので、智咲は上手く彼ママ兼元上司との距離を保てているのだ。
時々酔った永子から際どい質問をされることもあるけれど、それもまあご愛嬌である。
交差させた腕でするすると肋骨を撫でた大きな手のひらが脇腹をたどって胸の裾野にたどり着く。
ぎゅうっと寄せるように揉まれて、親指の腹が的確に凝った胸の先を引っ掻いた。
「んっ・・・・・・」
意図せず漏れた甘ったるい声に、理汰が吐息で笑った。
してやったりと目を三日月にした彼を睨みつける。
こんなところで火をつけるなと詰りたいのに出来ない。
この間までもうそういうことはいいわと匙を投げていたハズのなのに。
一度潤って満たされた身体は、理汰の指先であっさりと目覚めてしまった。
込み上げてくる愉悦にさらに甘ったるい声を上げそうになって必死にこらえる。
絶妙な力加減で智咲をコントロールする指先には迷いが無い。
気まぐれに耳たぶの後ろや輪郭を唇がたどっては吸い付いていく。
滲んでいくのは視界だけじゃない。
「っ・・・・・・馬鹿じゃないの?そんなことしたら、ナニし帰ったかモロバレ・・・っんぅ」
噛みつかんばかりの勢いで小声で詰った智咲の唇を綺麗に塞いだ理汰が、舌先を絡ませてくる。
側面を擦ってから慰めるように表面を舐めれて、ぞくぞくと背筋が震えた。
腰を揺らすまいと閉じた膝に必死に力を籠める。
永子と二人で暮らしている理汰の部屋で寝た事は一度もない。
この先もそれだけは一生ないと言い切れる。
壁一枚隔てた場所に永子が休んでいるのにそんなことできるはずがない。
だから、理汰が仕事帰りに泊りに来るのがお決まりになっていた。
こんな夜更けにわざわざ二人そろって智咲の家に向かえば、イチャイチャしたくて二人で消えましたと言っているようなものだ。
理汰の年齢を考えればまだまだそういうことをしたいだろう。
智咲の体力がどこまで持つのかが問題である。
「いいんじゃない?俺たちもういい歳の大人だし・・・むしろ健全でしょ・・・・・・だってなんか今日の智咲さん色っぽいし」
「っ酔ってんのよ」
「緊張してるせいもあるんじゃない?相変わらず心臓めちゃくちゃ早いし・・・・・」
当たり前のように膨らみの上で指を踊らされてもう無理だと息を吐く。
絶妙の力加減で這わされた指がもどかしい愉悦を送り込んで来る。
腰が揺れそうになって必死に堪えた。
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