第25話 lapislazuli-1

「足に使ったみたいで申し訳ないわ。ごめんね」


明かりの消えた深夜の地方都市は、都会よりもずっと星が綺麗に見える。


街灯の数自体が少ないので、夜のドライブには持って来いだが、友人を送り届けるためだけに車を運転させてしまったことが申し訳ない。


買い物に行く永子と智咲に付き合わされて荷物持ちにさせられることも珍しくない理汰だ。


一度も不満を零したことの無い彼だが、内心色々と思うところはあるだろう。


彼に恋人ができない原因は、少なからず永子と智咲にあるのかもしれない。


「俺が送るって言ったんだよ。それより、お土産開けてみてよ」


「あ、うん。気を遣わせてごめんね」


水族館デートもどきのお土産は、職場には購入しなかった。


職場に買って行けば誰と行ったんだと尋ねられること必須だったし、個別にお土産を届けるような近しい友人はいない。


永子には、理汰と二人でイルカとラッコのイラストのネックピローを購入した。


自分用にお土産を買うという考え自体がきれいさっぱり抜け落ちていたのだ。


お出かけ自体が久しぶりだったせいもある。


記念に何かを残したくなるようなスペシャルな休日からどれだけ足が遠のいていたのか、まざまざと感じさせられた。


だから当然水族館で写真だって撮らなかった。


自撮りにはしゃぐような年齢ではないし、スマホのカメラ機能だってよく分かっていない智咲なのだ。


田村が彼女とのデート報告で大量投下したようなお洒落に加工された写真は一枚だって用意できそうになかった。


理汰に差し出された紙袋の中を覗けば、イルカのキーホルダーが入っていた。


「わ、可愛い。ピンクのイルカだ」


コロンとしたフォルムが可愛らしいイルカのキーホルダーは小ぶりなので付けやすい。


「智咲さん、盗難防止のストラップしかつけてないから、すぐカバンの中で家の鍵行方不明になるでしょ?それつけてたら分かりやすくない?」


智咲の習性をどこまでも理解しつくした発言に涙が出そうだ。


「・・・あんたって・・・ほんっとに・・・」


痒い所に手が届きまくる出来た男だわ。


こういうところをもっと大々的にアピールしたら、間違いなくいい人に巡り合えるのに。


「結構リング硬いから、後で車停めたらつけてあげるよ」


「至れり尽くせりとはこのことだわね」


しみじみと理汰の素晴らしさを嚙み締める智咲を横目に、理汰がなめらかにハンドルを切った。


もう何十回とこの道を通って自宅まで送って貰った。


永子と二人で出かけると飲むことが多いので、どちらかの運転で、とはならない事が多く、理汰がこっちに戻って来てからはそれはもう色んな都合で振り回して来た。


「ほんとにありがとね。こんな私にまで気を遣ってくれて・・・・・・あんたは絶対幸せになれるからね。私が誰より応援してるからなんかあったら相談してよ」


「え、ここでまた姉貴風吹かせるの?」


「姉貴風とかじゃなくて・・・ほんとに、理汰の力になりたいと思ってるから。永子さんと理汰とはこの先もずっと仲良くしていきたいから言ってるのよ。だってほら、私の友達みんな既婚者で子持ちだし、なんかあった時泣きつけるのって羽柴家だから・・・これからも持ちつ持たれつで行きたいなぁって」


「それはこの先も変わらないんじゃない?母さん智咲より可愛がってる部下いないし、こんなに頻繁に家に呼ぶのも智咲さんだけだし」


永子の部下になれたことは、智咲にとって物凄い幸運なことだった。


彼女の背中を見て育ってきたから、ここまで公務員を続けられたのだと思う。


最初にうちに飲みにいらっしゃいよ、と言われた時は恐れ多すぎてテンパったけれど、酒の席の永子は普段以上に大雑把で快活で、何より明るかった。


智咲がどんなミスをしても、どんなに落ち込んでも悩んでも、顔を上げるといつもこちらを見てくれている彼女が居た。


だから頑張ろうと思えた。


野田との別れを経験した時もそうだ。


一人に戻ったけれど、孤独ではないと思えたのは、羽柴家があったからだ。


ここだけは、どれだけ時間が経っても変わって欲しくない大切な場所なのだ。


「・・・・・・・・・あのさ、さっきさ、智咲さん俺を売り出し中って言ってくれたでしょ?」


「うん。言ったね」


「あれって、俺がそれなりに魅力的ってことだろ?」


「そりゃあもう、どこに出しても恥ずかしくないくらい魅力的よ」


「魅力的だって評価はしてくれるのに、ドキドキしてくれないのはなんで?そこまで褒めてくれるくせに、智咲さんから一度もそういう目で見られた事無いよな」


いきなり何を言いだすのかと思えば。


智咲はゆっくりと瞠目した。


最初の出会いが、”私の息子の理汰よ”だったのだから、当然である。


兄弟のいない智咲にとっては、理汰は年の離れた弟のような存在だった。


彼が志望校の難関大学に合格したと聞いた時は誇らしかったし、地元に戻ってくると聞いた時は嬉しかった。


それ以上でもそれ以下でもなかった。


「あんた何言ってんのよ。私が永子さんの息子にドキドキしたら駄目でしょ」


「・・・・・・やっぱりそこが駄目なんだ」


「駄目っていうか、私と理汰が出会った時って、理汰まだ高校生だよ?いやまずいでしょ、そういう目で見たら、犯罪でしょ」


「ふーん」


「とにかく、あんたのことを邪な目で見たことは一度もないから安心して。干からびたおばさんの世話焼かなくていいから、自分の未来を大事にしなさいよ」


「・・・・・・そっか・・・・・・・・・ほんとにドキドキしたことないんだ」


納得なのか、そうでないのかよくわからない声が返ってきた。


この間から、時々理汰はこういう声を出す。


凪いだ海のように静かな声を響かせたと思ったら、急に雪村に興味を示して根掘り葉掘りいろんなことを聞き出そうとしたり。


決して広くない智咲の交友関係のなかに、メディカルセンターの出世頭が存在していたことがそんなに驚きだったのだろうか。




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