第23話 ink blue-1

「ええー?雪村ぁ?」


ほろ酔いの永子が、ミックスナッツを口に放り込みながら、昔の記憶を手繰り寄せようと難しい顔になっている。


毎度お馴染みになった羽柴家での宅飲み。


リビングに通されるや否や、すぐに理汰の質問が飛んできて、そのほとんどがこの間挨拶をした雪村に関することだった。


どれくらいの頻度で連絡を取っているのか、食事には出かけるのか。


智咲が大学時代からの友人と未だに仲良くしていることにかなり驚いたらしい。


メディカルセンターでの彼の人気は凄まじいようで、そのくせ特定の女性と親しくすることはほとんどないらしく、そんな彼が気さくに智咲と話していた事で、さらに理汰は衝撃を受けたようだった。


飛び交う聞き覚えのない雪村という名前に、それ誰よ?と首を傾げた永子に、西園寺メディカルセンターで再会した後輩だと説明をしながら、確か一度永子は雪村と挨拶も交わしたことがあるはずだと思い出した。


「覚えてません?ほら、永子さんと私が補助要員で参加した就活生向けイベントに来てくれてた大学の後輩ですよ。紹介したじゃないですか。永子さん目の色変えてイケメンだって大騒ぎして、安定安心の公務員はいいよって滅茶苦茶ゴリ押しして・・・・・・部下にしたいって言ってたのに」


過疎化が進む地方都市に、どうにか若者を引き留めておこうと、行政と地元企業が共同で毎年行う就活生向けイベントにやって来た雪村は、案の定フロアスタッフ、就活生の視線を釘付けにしていた。


智咲の姿に気づいて声をかけてきた彼に、部下を押しのける勢いで名刺を押し付けたのは他ならぬ永子自身だった。


「ああ!あの時の中性的な男の子か!」


「よかった、思い出してくれたんですね」


「絶対公務員に引っ張りたかったのに、結局西園寺入ったんだ。まあ、あっちは超実力主義だから才能溢れる若者には魅力的よねぇ。んで、大人になった彼はいまどんななのよ」


「社内の女性人気を集めまくってるよ」


理汰の返事に永子がそうかそうかと頷いて、ハイボールのグラスを傾ける。


「へーあのまま成長したんだ。さすがねぇ」


「え、でも、雪村くん理汰も人気があるって言ってたよ?研究所ラボの研究員てレアキャラ扱いらしいわね。遠目にキャーキャー言われてんの?あんたも隅に置けないじゃない」


だったらなおの事あの水族館デートもどきは申し訳なかった。


二人が一緒にところを同僚の人たちに見られて、理汰が熟女好きだと誤解されていないことを祈るばかりだ。


そんな智咲の心配をよそに、理汰は顔色一つ変えることは無かった。


「言われてないよ別に。雪村さんの人気のほうが圧倒的。外出も多いから取引先にもファンがいるみたいだけど」


ファンが出来るのも納得の容姿だし、それに加えてあの仕事ぷりなのだから、惚れない女性はいないだろう。


彼に選ばれるかどうかは別として。


「まああの見た目と中身だもんね。そりゃーモテるわ。昔っからそうよー」


雪村目的でゼミを覗きに来る女子大生は大勢いた。


彼はそんな女の子たちに一瞥もくれてやらなかったけれど。


懐かしそうに零した智咲に、理汰が探るような視線を送って来た。


「なんとも思わないの?」


「ん?モテる後輩だなーってそれだけ」


「あらやだ、智咲、あんなイケメンが側にいたのに学生の時もさっぱり靡かなかったの?あんた」


「見てたら自分が相手にされるかどうかなんてすぐわかるでしょ?無駄な体力使いませんよ。ゼミで顔合わせるのに気まずくなるのも嫌だし。おかげでいまも円満な関係が続いてるからそれで十分。今回、イノベーションチームに彼が居てくれてほんとに助かったんです。フットワーク軽いし、レス速いし、雪村くんの部下で氷室くんて人がいるんですけどね、彼もまあ優秀で・・・あ、なんだっけ、理汰、あの二人のあだ名」


「イノベーションチームの氷雪コンビ」


「そうそれそれ!」


「なによそれ、面白いあだ名付けんのね」


「雪村の雪と、氷室の氷から来てるらしいけど、二人ともクールな雰囲気が似てるから、そのあだ名がぴったりってうちの若い女子がまあはしゃぐはしゃぐ」


何度か打ち合わせにアシスタントで同席させた井元は、目を輝かせて氷雪コンビを眺めていた。


メディカルセンターって顔で人採用してるんですかね!?と真顔で言われてそんなバカなと思ったが、これまで出会った面々を思い出してみると、あながち違うとも言い切れない。


理汰の働く研究所ラボの研究員だって、研究職というわりにはちっとも野暮ったくなかった。


研究者=マッドサイエンティストみたいなイメージしか湧かない智咲のほうが、時代遅れなのかもしれないが。


「で、雪村さんと食事行ったの?」


さっきからあまり表情の動かない理汰は、本日のおつまみ三種を出した後で、オーブンに入れたチキンを取り出しながら尋ねてくる。


「向こうがなかなか時間取れないみたいなのよね。うちと一緒で仕事の幅が滅茶苦茶広いみたいねー。推進との仕事もしながら、別案件大量に動かしてるそうじゃない?どっかで時間が合えばとは言ってんだけど」


なんせ向こうは智咲と違って部下を抱える課長様なのだ。


当然定時で仕事が終わるわけもないし、この間の打ち合わせで聞いた話によれば、ここ二週間ほどずっと休日出勤だと零していた。


もはや仕事が趣味だと開き直っている当たり、永子と雪村はどこか似ている。


「ふーん・・・手羽先焼けたよ。智咲さん、真ん中の皿どけて」


「はいはーい。ねえ、このネギたっぷりの鶏肉美味しい。味付けなに?ポン酢だけ?明太子とブロッコリーの和え物も美味しいし、ナムルも美味しい」


「出汁塩ちょっと入れた。ナムルはこの前智咲さんが美味しいっておかわりしてたから」


香ばしい匂いと共に手羽先と野菜のオーブン焼きが運ばれてきた。


理汰がすぐに智咲と永子の皿に取り分けて、熱いよと注意を促すのも忘れない。


一口齧ればパリパリの皮とジューシーな柔らかい肉がほろほろと口の中でほどける。


塩コショウの他に何種類かのスパイスの風味もしてくるので、理汰がいつものようにひと手間加えたのだろう。


智咲と同じように手羽先を頬張って、永子が油で汚れた指先をペーパナプキンに擦りつけながら口を開いた。


「んで、智咲、雪村くんとは今後もただのお友達なの?なんか起こりそうな予感はあんの?」


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