第21話 indigo-1

「師岡さん、こっち」


打ち合わせで訪れた西園寺メディカルセンターの受付のすぐ前で、スーツ姿の美男子が片手を上げて呼んでいる。


どこに居ても目を引くのは大学時代から変わらないが、三十代に入ってからそこに大人の色気まで加わって、近づく女性陣の視線を軒並み釘付けにする彼は、相変わらずクールな表情のままだ。


思えば雪村は昔からどんなに可愛い女の子に言い寄られても頬を緩めたり眦を緩めることがなかった。


そのストイックさがさらに人気に拍車をかけていたのだ。


どこまでも罪な男である。


「雪村くん!わざわざ迎えに来てくれたの?」


高待遇すぎるイケメンのお出迎えはもう何度目だろうか。


理汰といい、雪村といい、智咲の周りに集まるのは、不思議と面倒見の良い男子ばかりだ。


「いつもの会議室取れなくて。師岡さん方向音痴だから念のため」


悪びれもせず言われて、大学時代にやらかした方向音痴ぶりを思い出して苦笑いが零れた。


急な集合場所の変更のたびに行方不明になる智咲を後輩たちが迎えに来てくれた回数は、片手では足りない。


広々としたキャンパスを歩き回ったおかげで、あるていど方向感覚が身に付いて、役所勤めになってから迷子とは無縁になったのだが、雪村の中ではまだ智咲の情報はアップデートされていないようだ。


「それはどうも」


「役所で迷子になってないんですか?」


「有難いことに、お役所はわかりやすーい案内表示とプレートが何処に行ってもあるのよ」


「確かに・・・師岡さん向けの職場ですよね」


こっちですよ、とエレベーターホールへ智咲を誘導しながら雪村がしみじみと呟く。


彼の見た目とは異なる遠慮のない物言いが気安くて好きだった。


イケメンは観賞用に限ると豪語していた智咲なので、雪村に対する態度はほかの後輩たちと全く同じ。


そういうところを彼も気に入ってくれたようで、ほどよい距離感で先輩後輩として過ごすことが出来た。


「おかげさまで定年まで居られそうよ」


「それは良かった」


「私も、雪村くんがイノベーションに居てくれて助かってるわ。オメガバースまではどうにか追い付いたけど、オメガ保護法に関してもうさっぱりだから」


「俺も師岡さんのおかげで行政とのコネができて助かってますよ」


「太いパイプ期待されても困るけどね」


所詮一部署の平社員なので、上役に顔が効くわけでもなければそれほど顔が広いわけでもない。


けれど智咲の言葉にも雪村は不敵な笑みを返して来た。


「そこは上手くやるのでご心配なく」


こうでなくてはイノベーションチームの課長は務まらないのだろう。


「ほんっとしっかりしてるわ」


率先して先頭に立ってみんなを導く王道リーダーではないのだが、不思議と雪村が先頭に立つと大きな声を上げずとも周りに人が集まるのだ。


カリスマ性というのはきっとこういうことを言うのだろう。


そして彼は周りからの過度な期待を一度も裏切った事が無かった。


それはきっと今も変わっていないはずだ。


雪村の部下である氷室を見ていると、彼が心底信頼され尊敬されている事がよくわかる。


「それを望んでこっちに引っ張って来られてるんでね。結果を残さないと」


「メディカルセンターの立ち上げからいるんだっけ?雪村くん」


「そうですね。ウチは研究所ラボの次に始動が早かったんじゃないかな」


「そこからすぐにオメガ療養所コクーン建設に携わって一年足らずで完成させちゃうんだから凄いわ」


最初は15床から始まったオメガ療養所コクーンの規模を拡大し、オメガ保護施設として全国に知られるまでに成長させた立役者は紛れもなく彼らイノベーションチームである。


「褒めても何も出ませんよ」


「いや、でも任された仕事は120パーセントで答えてくれると信じてるから、頼むね」


「そう言って昔もあれこれ仕事振ってきましたよね、師岡さん」


「いやいや期待の表れよ」


本当に今回のシンポジウムは、イノベーションチームとの連携なし成功はあり得ないのだ。


要となる部署に雪村がいたことでさらに頼もしさが増して、明るい未来が見えて来た。


持つべきものは旧友である。


「そのうち飯奢ってくださいよ」


「お、いいねぇ。イケメンと食事なんてテンション上がるわー。お出かけ服買ったところだからちょうどいいわね。美味しいお寿司食べに行こうか」


理汰とのデートもどきに合わせて大慌てで慎重したお出かけ服は、恐らくこのままだと二度と日の目を見ないだろう。


職場に着て行ったらイメチェンだと騒がれそうだし、近場の買い物や羽柴家訪問の際にはもっとラフな格好を選ぶ。


「あれ、師岡さん彼氏出来たんですか?」


雪村が興味深そうにこちらを見下ろして来た。


「出来るわけないでしょ。ちょっとね、デートもどきに参戦して、その為にわざわざ洋服買ってさぁ」


智咲の言い回しにぴんと来たらしい雪村が途端意地悪な表情になった。


「あ、もしかしてお見合いですか?」


”お見合い”なんて、ここ最近はとんと聞いていない懐かしい響きである。


元カレの野田が実家の農家を継ぐと宣言して公務員を円満に辞めた時、周囲は当然智咲が一緒についていくものだと信じて疑わなかった。


けれど待てど暮らせど辞表を出さない智咲に、周りが破局を悟って、それからしばらくしてから、当時の部署の課長から、知り合いの公務員とのお見合いを勧められた。


断り切れずお茶をして、性格の不一致を理由にお断りして、そんなことが二度ほど続いて三十路を過ぎてからはとんとお見合い話に縁がなくなった。


「お見合い話が降るように湧いて来るのは二十代までよ!そういう雪村くんは相変わらず恋人はいないの?」


「俺モテませんから」


平然と言ってのけた雪村の自信たっぷりの表情はもはや嫌味にしか思えない。


「雪村くんが言うとそれ完全に嫌味だからね」


分かってんのかと詰れば、雪村がおかしそうに肩を震わせた。


「ほんと師岡さんは、いつも俺に遠慮が無い」


「媚びても意味ないって分かってるから。楽でいいでしょ?」


「そうですね」


そりゃあたまには、あの頃会った誰かで手を打っていたら、今頃一人では無かったかもしれない、とも思わないではない。


が、一人になる不安よりも、自分の現状を変化させることのほうが智咲には怖かった。



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