昔話

二人、歩き出す。

伏鹿角の歩みは早い。

雪消癒遊が後ろから遅れる様に歩く。

歩幅が違う為に、距離が離されていく。

それに感づいた伏鹿角は、歩く速度を調整する。

振り向き、雪消癒遊に聞く。


「平行世界の俺って何してたの?」


世間話である。


「えっと…平行世界の貴方は…」


どう答えるか迷う。

しかし、言葉をまとめて彼女は答えた。


「…私を庇って、死にました」


さも、驚きも無い様子。

彼女が自分を慕い此処に来たのだとすれば、そういった理由であるのも納得の内なのだろう。


「ふーん…で、俺と、…雪消の関係って何?」


核心に触れようとする伏鹿角。

聞かれた雪消癒遊はどう答えるか迷う。


「あ…えっと…こほっ…」


咳をする。

言葉に詰まったワケではない。

肉体に潜む病魔が暴れつつある。


「鹿角、さまに、…私は、恋焦がれていて…」


「恋人とか?」


伏鹿角の言葉に彼女は恐れ多いと首を振る。


「いえッ!そのような…あの、…」


そして否定した事に少し悲しそうにして、声を紡ぐ。


「幼少の頃に、私を、助けて下さいました」


「がきの頃に?」


伏鹿角の言葉に、雪消癒遊はそうだと、頷いた。


「はい…病弱だった私に、薬を…」


薬を渡してくれた。

それは、直接、本人では無かったが。

それでも、彼が起因となって薬を渡した事は確かだった。


「二階の窓で外を眺めていた私を、鹿角さまは、元気づけて下さいました」


少年時代の伏鹿角との記憶。

雪消癒遊は、それは生涯忘れる事の無い思い出だと思っていた。

彼女にそう言われて、ふと、伏鹿角の歩みが止まる。

そして、何かを考えている様子であり、雪消癒遊は、伏鹿角の方を見た。


「…あぁ、そういえば」


「…何か?」


彼女の言葉に、伏鹿角は雪消癒遊に目を向ける。


「いや…昔を思い出した。そういえば、そんな子供が居たなって」


伏鹿角が昔話を行う。


「まだ、俺が餓鬼で、迷宮とかそういうの理解出来なかった時、色んな友達を作る事が俺の願いとか、使命とか、そんな感じでさぁ」


子供の頃特有の、自分の思い込み、または、自分で作ったルールの順守と言った所か。

伏鹿角にとっては、様々な友達を作る、童謡の友達百人を、実際に目指していたらしい。


「白院の屋敷に無断で入って、そんな会話とかしたっけか」


伏鹿角には、少女との記憶が残っていた。

彼女とこういった話をするまで、今までは忘れていたが。


「…薬とか親父に用意して貰ってさ、それを届けようとしたけど、使用人に邪魔された、こっぴどく怒られたから、それ以降は、白院に近づく事は無かったよ」


昔話を終える。

それを聞いた雪消癒遊は伺う。


「…もしも、鹿角さま、使用人に、怒られなかったら」


その時は、どうしていたか。

彼女の質問に、伏鹿角は帰路へと向かい歩き出す。


「さあな?興味無いよ、もしもの話なんて」


もしも。

彼女が生きていればどうなっていたか。

そんな話は、伏鹿角にはどうでも良かった。

しかし…雪消癒遊にとっては、それは嬉しい事である。

少なくとも、此処に居る伏鹿角は、自分を救おうとしてくれた。

出会いも、関係も、境遇も、元の世界と違うとも。


其処には、確かに、伏鹿角が居るのだと、実感した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る