居場所のない彼女の為に

老婆の言葉を聞いて、其処で伏鹿角は理解する。

本当に、彼女は平行世界からやって来た人間なのだ。


そう確信出来るのは、彼女の存在は勿論の事だが。

例え蘇生出来る術具を使って蘇生したとして、誰がそれを行ったか、と言う事になる。


名家の事情は詳しくは分からないが、一般的な迷宮攻略者ならば、幼少の頃に死亡した子供を生き返らせるよりも、また新しく産んだ方が速い。


そして、彼女の持つ術具。

それは、白院の秘宝である。

その秘宝は二つに一つとも無い代物。


それを所持している人間は理解しているし、その人間が、他の人間に貸す事などあり得ない。


だから、彼女が術具を持っている以上、別の世界からやって来た、と言う可能性の方が高かった。


「どこで拾った?」


「鏡の前、…何かの術具らしかったけど」


そう言うと、老婆は目を開いた。

驚きの表情を浮かべているらしい。


「同一人物で、鏡、とくれば『無限鏡界あわせかがみ』か…幻の一品に出会うとはねぇ」


しみじみとしながら、老婆は言った。

しかし、伏鹿角にとっては分からないものだった。


「なんだよ、それは」


「術具さ。それも、この世界と、平行世界を繋げる鏡。何処で見つけたんだい?」


「さあな…無我夢中で移動してたから、帰りは脱出用の術具を使ったし…」


「なんだい、勿体ない、あれがあれば…」


そう呟いて、そして老婆は口を閉ざす。

老婆の視線が、彼女、白院癒遊の方に向けられた為だ。


ゆっくりと体を起こしている白院癒遊。

顔を真っ赤にして、痛みで目尻が涙で濡れている。

荒く咳をすると共に、白院癒遊の目は、伏鹿角の方を見つめていた。


「はぁ…はっ…げほッ…か、鹿角さま、どうか…」


ベッドを這い、落ちそうになる白院癒遊に、伏鹿角が前に出て彼女の体を支える。

胸に蹲る様に、白院癒遊が伏鹿角を強く抱き締める。

黒髪から、甘い匂いが香って来た。


「置いて、いかないで、私を、お願い、お願いします…鹿角、さま…」


涙を流しながら訴える白院癒遊。

伏鹿角はどうするか迷っていた。


「どうするか…」


「どうするもこうするも無いだろうがバカタレ」


老婆が伏鹿角の尻を蹴る。


「事情は知らんが、あんたの為に平行世界からわたって来たんだろうがい、乙女があんたを頼りにしてんだよ、それに答えない男が何処に居るって言うんだい?」


「…でも、コイツが会いに来たのは俺じゃない、平行世界の俺に過ぎないんだろ?だったら…俺には関係ない事だろ」


物憂げに言う伏鹿角に、老婆が後頭部を殴る。


「男が何を悩んでるんだい、この子はもう、行き場なんて無いんだよ。白院家は、彼女は死んだ事になってるんだ、此処にあの子の居場所なんか無い、だから、あんたが作る他無いだろうがッ」


老婆の激昂。

それを聞いた伏鹿角は溜息を吐いた。


「…じゃあ俺が面倒見ろって言うのかよ」


「分かってるじゃないか」


老婆は無理やり、伏鹿角を納得させた。

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