岩石の蛇


お慕いしている。

その様な甘い言葉がある筈がない。


「(術像かも知れない…逃げるか?)」


そう考えていた時。

背後から、奇声と共に何かがやって来る。


「あ、忘れてた…」


伏鹿角は、背後から岩石の蛇が居たのを思い出した。

人間が通れる通路は、巨体である岩石の蛇では通る事が出来ない。

だが、その岩石の蛇は、壁から現れた。

どうやら、岩石と同化する能力を持っているらしい。


「クソ、面倒な」


伏鹿角は数珠を構える。

しかし、それを抑えるのは。


「お待ちください、鹿角さま」


白院癒遊だ。

この場は、自分に任せて欲しいと言いたげに。


「『窮冬極きゅうとうのきわみ』」


数珠から排出される杖。

それは、枯れた枝の様に見えた。

無数に枝分かれした樹木の折れ枝。

それを構えると共に、風が吹き荒れる。

術具による効果であるのか、部屋の中が風と共に極寒の地へと変わった。


「(白院の術師は、属性が水か氷だと聞く。凍結系の術具の使用が可能で…そしてその至宝の家宝も氷属性らしい、けど)」


その家宝を、彼女が所持している。

当然の事だ、彼女は白院癒遊。

平行世界での役割は次期当主。

娘として、家宝の所持を許された。


岩石の蛇が蠢いている。

凍える土地と変わり果てた為に、寒くて蠢いている様に見えた。


「あんた、その術具の効果ってなんだ?」


伏鹿角が聞く。

話しかけられた事で、白院癒遊は嬉しそうに頬を緩ませる。


「はい…『窮冬極きゅうとうのきわみ』は、対象の温度を奪い、その奪った度数程、対象の肉体耐久を低下させます」


「肉体の耐久低下…そうか、だったら、『星砕きほしくだき』」


伏鹿角は頷くと共に、数珠から武器を取り出す。

それは鎖の付いた鉄球だった。棘の様なものが生えた鉄球は見た目からして言えばモーニングスターの様なもの。


それを構えて戦おうとする。

しかし、それを止めるのが、白院癒遊だった。


「鹿角さまが、手を出さなくともよいのです…こほッ、私が、倒してみせましょう」


咳をして、にこやかな笑みを浮かべる。

そして、彼女は手首に巻いた数珠を向ける。


「『雪達磨ゆきんこ』」


数珠から出てくる、小さな体。

掌に乗る程に小さい雪の塊を、二つ合わせた様な胴体。

顔面には、石を二つ目の代わりに張り付け、口と眉は木の枝で代用した、雪だるまだった。

それは、自らの意思でも持つかの様に、ゴロゴロと体を動かしている。

頭部に乗せた赤いバケツが動かない所から、自らの胴体を車輪の様に動かして移動している様に見えた。


「(空間内が冷たければ冷たい程に強くなる術具、それを『窮冬極』によって室内を強制的に冷やす事で相乗効果を現す…)」


伏鹿角と白院癒遊が居た場所は、彼女が冷気を操作している為に適温だが、テリトリーから外に出ると、雪達磨は動く度に巨大化していく。

巨大な岩石の蛇よりも大きくなると、雪達磨は、自らの肉体である雪で出来た拳を構えて、岩石の蛇を殴る。


『窮冬極』によって肉体が脆くなりつつある岩石の蛇にとっては、その一撃は致命的だった。

蛇の胴体が分断され、蛇の頭部を雪達磨が殴って破壊すると、岩石の蛇はか細い悲鳴を挙げると共に消滅する。


「凄い…まさか、本当に」


平行世界からやって来た、白院癒遊であるのかと、そう視線を向けた時。


「こほっ…ごほっ」


倒れる白院癒遊。

伏鹿角は彼女が倒れる寸前で手を伸ばして彼女を支える。


「おい、大丈夫か?」


そう言うが反応が無い。

伏鹿角は、このまま彼女をどうするか…と悩んでいた。


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