綿堂田さんとメンドウムシ

あじみうお

-1-

「めんどうだ。何もやる気がしないぞ」


綿堂田さんの口ぐせです。サラリーマンとして、毎日会社に通ってはいるものの、何をやるにもめんどうくさくて仕方がないのです。

春は特にめんどうな季節です。上司が変わったり、新しい仕事を覚えなければならなかったり、めんどうな事が次々におこります。休日も、見なきゃ大損だとばかりに、花見につきあわされたりするのです。


何とか春を乗り切って、さあ新緑の季節。まちにまった連休がやってきました。誰もが外に出たくなる爽やかな季節ですが、綿堂田さんは、カップ麺を買い込んで、布団にもぐりこんだのでした。


カーテンを閉め切っても光がさし込む明るい部屋で、昼間からまどろんでいると、ゴソリゴソゴソ・・・突然、耳の中で何かが動く音がしました。

綿堂田さんは驚いて飛び起きました。

その拍子に、耳から何かが飛び出して、ポトリと枕に着地しました。


緑と黒の縞模様をした丸い虫が、枕の上で右に行ったり左に行ったりしています。


「スイカみたいなテントウムシだな」


一刻も早く眠りたい綿堂田さんは、虫を枕から払いのけようとしました。

すると虫は羽を広げて飛び上がり、綿堂田さんの鼻の先にとまりました。


「ちがうよ。あたいはメンドウムシ」


どこからか、キーキー甲高い声がしました。   


「あ?」


綿堂田さんは、より目になって間抜けな声を出しました。

あわてて鼻先の虫を払いのけ、あたりをぐるりと見渡しました。

誰もいません。

けれどもまた、甲高い声がしました。

 

「あたいはメンドウムシ。もう十年もあんたの体に住まわせてもらっているんだよ」

 

声のする方を見ると、枕の上に戻ったらしい先ほどの虫と目があいました。


「メンドウムシだと?しゃべっているのはおまえか?」


メンドウムシは後ろ脚で立ち上がると、ぺこりとお辞儀のようなものをしました。

綿堂田さんはメンドウムシに顔を寄せてまじまじと見つめました。


「そうさ。あんたのやる気を食べながらつつましく暮らしているのさ」


メンドウムシはニヤリとしました。


「なに?やる気を食べているだと?ひょっとして、オレが毎日何もかもめんどうくさいのはおまえのせいなんじゃないだろうな」


「まあ、そうかな。春先はとくに、産卵の季節だからね。小食のあたいもついつい食べすぎちまってね。悪いね」


「なんだと、オレが今までどんなに苦労してきたと思っているんだ」


綿堂田さんは怒りだしました。

メンドウムシはまあまあというように前足をパタパタと動かしました。


「あんたの薄いやる気が、あたいにはちょうど良くてね、今まで太りすぎることもなく健康に快適に十年もすごさせてもらったからさ、今日はそのお礼に来たんだよ。何でも一つ、願いを叶えてあ・げ・る」

 

「だったら今すぐ出ていけ!」


綿堂田さんは即座に言いました。するとメンドウムシは大げさにため息をつきました。


「もったいない。せっかく大金持ちにでもなんでもなれるチャンスなのに。あたいがいなくなるのが願いだというなら今すぐにでも出ていきますけどね」


綿堂田さんは、少し冷静になりました。


「願いが叶うのが本当ならばすごいな」


「もちろん本当さ。大金持ちになれば、一生働かずに、寝て暮らせるよ。めんどうくさくても何も困ることはない」


「それもいいな」


綿堂田さんは、ふかふかの大きいベッドで心ゆくまで眠る自分を想像しました。


「眠ってばかりいて、せっかくの大金を盗まれたりしてね」


メンドウムシが見透かしたようにキーキーと笑いました。

綿堂田さんはぎょっとしました。大金を盗まれるだと?どこに隠せばいいんだろう。銀行?金庫?床下?天井裏?考え出すと、どこに隠しても不安です。

おちおち寝てもいられないような気がしてきました。


「ああ、なんだかめんどうだな」


何もかもがめんどうになってきたところへ


「ネーネー願い事決まった?」


メンドウムシが、キーキー飛び回りはじめたものだからたまりません。


「お願いだから、静かにしてくれ!」


思わず叫んでしまいました。

とたんに部屋が静まり返りました。メンドウムシは、どこにもいません。


「しまったあ!」


布団に倒れ込んだ、綿堂田さん。

それ以来、口癖がほんの少し変わりました。


「やい出てこいメンドウムシ!ああ、めんどうだ、何もやる気がしないぞ」 

   

 

 


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