第4話 カラオケ

「俺たち悪いこと大好きぃ〜。とりゃとりゃあちゃぁ〜……」


「へい! へい!」


 一度も喋ったことのないクラスメイトたちが、ノリノリで全く知らない歌を歌っている。

 

 今日知り合ったクラスメイトとカラオケ。テーブルには、からあげやフライドポテトなどのジャンクフードが並べられている。

 男女数人で、少し狭い密室空間。


 放課後、クラスメイトとカラオケに行くのは夢見ていた青春イベントだ。

 ここに来る前はめちゃくちゃわくわくしていた。

 が、それはここに来る前まで。

 中学生のとき知らない人が大勢いるところに行かなかった俺が、この場でわくわくできるはずがない。


 誰よりも青春を送りたいと思っていた俺は、その肝心な場で隅っこの席で縮こまっていた。

 

「たかちゃん。からあげあるよ」


「……ありがと」


「なにか食べたい物とか、歌いたい歌があったらいつでも声かけていいからね」


 由佳は縮こまっている俺を気にかけて、こうして何度も喋りかけてくれてる。

 

 学校じゃ悪魔に見えていたが、今は唯一救いの手を差し伸べてくれる女神に見える。


 そんな女神由佳は俺と違ってこの空気に溶け込んで、何度か歌も歌ってるんだよね……。

 どっちが青春してんだか。

 

「あ、服部くん。こんなところにいたんだ」


 テーブルを挟んで正面から、隣の席の長月さんが喋りかけてきた。

 

 ……長月さんもここにいたなんて初めて知った。


「よっ」


「その様子じゃカラオケに行く前、何度か喋りかけたんだけどことごとく無視してたの覚えてないでしょ?」


「え。無視してたの? ごめん」


「大丈夫。話しかけたとき服部くんやけに緊張してたから、なんかあるんだろうなぁ〜って思ってたし」


 学校からこのカラオケまでの道のりがうまく思い出せないのは、緊張してたからなのか。


「まじでごめん。それで、その話しかけた内容って?」


「あんま大きな声で言っちゃいけないと思うから小さい声で言うけど……。由佳ちゃんとどこまでいってるのかなぁ〜って」


「ただの幼馴染だけど」


「あっ今そういうのいいから」

 

 事実なんだが?


「あのさ。長月さん天と地がひっくり返るくらいとんでもない勘違いしてるよ」


「……?」


 このすっとぼけた顔は本当に言ってる意味がわかってないのだろうか?

 由佳だったら平気で嘘をつく場面なんだよな……。


「なにが勘違いなの?」

   

 直接的なことを聞いてきたのは長月さんではなく、由佳だった。


「それが私もわかんないんだよねぇ……」


「たかちゃん。なんなの?」


「服部くん。勘違いってなに?」


 異性二人から迫られている。  

 迫られてる内容が違かったらどれだけよかったことか……。


「俺と由佳の関係のこと」


「? 私たちのことを見て、勘違いする要素なんてあるかな?」


「由佳が紛らわしいこというからだろ」


「紛らわしいことなんて言ったことありませぇ〜ん。全部事実だよぉ〜だ。実際そうでしょ?」


 ぐっ。たしかにそうなんだけどさ。


「言い方ってもんがあるでしょ言い方」


「事実を言って何が悪いのぉ?」


 由佳がしてるこのすっとぼけた顔は、完全に嘘をついてる。


 女神だと思ってたけど、やっぱりこいつは悪魔だ。


 ……もしかして俺をカラオケに呼んだのって、俺の口からそういう関係だと遠回しに言わせるためだったのか?

 そうだ。そうに決まってる。

 よし。狙いがわかったんだから、絶対その手には乗らないぞ。


「二人とももうやめて!」


 長月さんの絶叫で、みんなの口が止まった。

 

 一斉に視線が向けられ、俺たち3人が注目を浴びる。


「二人の関係を聞いた私が悪かったのっ。だから……だから、もう言い争いしないで!」  


 言い争いなんて全くしてないんだけど。


「っ」


 由佳が意味ありげに涙ぐんでるけど、どうせこれも演技だろ。

 ここで訂正したら思うツボになりそうだな……。


「由佳ちゃん。ごめんなさい。服部くんとはただ友達になりたくて」


「いっいいよ。ふゆちゃんのこと、信じる!」 

 

「由佳ちゃん……」


「ふゆちゃん……」


 パチパチパチパチ。


 うるうるした瞳の二人が見つめ合っている中、なぜか周りの人たちが拍手をし始めた。

 どういうことなのかさっぱりわかんない。

 とりあえず俺も拍手しとこ。


 パチパチパチパチ。



 その後、よくわからないままカラオケが再開された。


 何事もなかったかのように接してくる二人に疑問を抱きながら、俺は由佳と長月さんの三人で合いの手に専念し、一時の青春を謳歌できた。



 なんで由佳がいるのに青春を謳歌できたのかって?

 そんなの俺もわからない。

 わかるのは由佳だけ。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る