第3話 勝負の自己紹介

 自己紹介。それは高校生活を送るにあたって、一番大切と言ってもいいイベントだ。


 受けを狙いにいく者。

 遠回しに同士を探しにいく者。  

 真面目に自分のことを一つ一つ語る者。


 自己紹介の仕方一つで、クラスメイトたちからキャラ付けされるのだ。

 高校デビューする人にとって、これはこれからの高校生活をかけた一大イベント。

 青春を送りたい俺にとっても、自己紹介はめちゃくちゃ大切だ。


 隣の席の長月さんには早々に勘違いされてる。

 でも、その原因は由佳が割って入ってきたからだ。完全に一人で自己紹介するので、今回は自信がある。


 俺がどれだけこの日のために一人でシュミレーションしてきたと思ってるんだ! ……ん?

 ちょっと待て。

 俺より先に由佳が自己紹介するの忘れてた。


「〇〇中からきた峰々由佳です。趣味は料理を作ったり、映画鑑賞とかです。インドアなので同じだって人と仲良くなりたいです」


 あれ? 意外とちゃんとした自己紹介じゃないか。 

 この様子じゃ、勘違いするようなこと言わなそうだ。


「あの人に手料理を作って、あの人と一緒に映画を見てるのは言わないほうがいいよね……」


 もう言っちゃってるよ。 

 反対側の俺の席まで鮮明に聞こえる声で言っちゃってるよ。


「あの人って誰なんだろう」


「か、彼氏なのか!?」


 男女問わず、クラス中にどよめきが生まれた。

 

 由佳は容姿が優れているからみんな一目おいてるんだろうなとは思ってたけど、まさかここまでとは。


 クラスが由佳の言葉に前のめりになってる。


「じ、実はこのクラスに幼馴染がいますっ。なので幼馴染とも仲良くしてもらえるとうれしいですっ!」


 自己紹介が終わって着席したというのに、チラッチラッとわかりやすく由佳が俺の方を見てくる。


「もしかしてあの人ってまさか」


「幼馴染とそういう関係……」


 恋愛に飢えた猛獣の眼光が俺を突き刺してきた。

 由佳の言葉を疑ってる人は誰もいない。

 

 周りを巻き込んで逃げ場をなくすなんて、よくそんな戦法考えたな。

 本気で青春を送りたい俺と同じで、由佳は本気でそれを阻止したってわけか。


 こうなったら真正面からやり合うしかねぇよ。


 そう決意し、少しして。

 ようやく俺の順番が回ってきた。

 

「こいつが」


「何言うんだろう」


 俺のときだけ明らかに視線が多い。

 圧倒的に状況は不利。このままじゃまた勘違いされる。でも、注目を浴びているという点において、自己所という青春イベントとしてここまで最高の舞台はない。


「んんっえー〇〇中からきた服部鷹斗です。趣味はゲームで、勉強は大嫌いです」

 

 さあここからだ。


「さっき自己紹介した由佳は俺の幼馴染なんですけど……」


「こ、公言しちゃうの?」


 オドオドした演技をしてる由佳。


「まじなのか」


 まだ勘違いしきってないクラスメイトたち。


 上手くハメられた。

 中学生のときはそう思ってただろうが、今は違う。

 思ってた通りの空気だ。


「あいつ、虚言癖があってめちゃくちゃ困ってるんすよねぇ〜」


 教室が途端、シーン……と物音一つしなくなった。

 

 これだけだったら感じの悪いやつ。


「あっ俺も虚言癖あるかもしれないんで、そこんとこよろしくでぇーす」

 

 これだけじゃまだ、クラスメイトたちが納得してはいない。だが、ここで何も付け加えることなく着席。

 

 教室にざわめきが戻った。

 

「どういうことなんだ」


「ん? ん?」

 

 なにもこの場ですべてを訂正すべきではないのだ。


 この場は自己紹介。クラスメイトたちに俺という人間を印象付けられれば、それでいい。

 

 訂正せず、こっちが空気の主導権を握ることに成功した。このやり合い、俺の勝ちだ。





  ■  ■  ■

 




 自己紹介での勝負は俺が勝った。

 ……が、その後は見事に惨敗してしまった。

 惨敗の理由は、完全にコミュニケーションスキルの差だ。

 喋りかけた人とすぐ仲良くなり、喋りかけられた人とも仲良くなるのが由佳。そんな人と、行動力しかなくてコミュニケーションスキルのない俺が、まともな勝負なんてできるはずがなかったのだ。


 高校生活初日が終わろうとしている今。  

 結果、俺が仲良くなったのは完全に勘違いをしてる長月さんだけ。

 対して由佳はクラスメイト全員。

 

 由佳のせいで、あれからまともな青春イベントがなかった。

 もっと俺が上手くできてたら、今頃クラスメイトの女の子とキャッキャウフフしてたのかな……。

 あーあ。放課後、仲良くなった人たちと遊ぶはずだったのにこんなんじゃ無理だ。 


「たかちゃん」


 自分の席でうなだれていた俺に、勝ち誇った顔の由佳が喋りかけてきた。


 どう見たってこれは挑発。


「なに」


「ははは。そんな怖い顔しないでよ。たかちゃんが青春を送りたいって言ってたから、誘いに来たんだよ」


「……なにに?」


「カラオケ。みんなで遊びに行くんだってさぁ〜。来るでしょ?」


「ああ。もちろん」 


 目の前に最高の青春イベントという針を釣るされ。

 俺はIQ1の魚のように、青春を壊そうとしてる由佳がなぜカラオケに誘ってきたのか一切疑問を持たず、パクっと餌に食いついてしまった。



 

 

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