第2話 ファーストイベント

 高校生活。それは、青春の幕開けと言っていい。

 中学生のとき、陰キャだった人が陽キャになる高校デビューをする覚悟で俺は挑む。

 あとには引けない。

 新しい自分と出会うんだ!


 そう心構え踏み入れた、1年1組。

 扉を開けた瞬間、誰が入ってきたのかと教室が静まり。何事もなかったかのように人の喋り声がし始める。

 

 もしぼっちになったらこの苦痛を毎回味あわないといけないと思うと、地獄だ。


「じゃたかちゃん、私はここだから。ちょっとしたらそっちの席行くね」


「おう」


 由佳は扉際。対して俺は真逆の窓際。

 このクラスには何度か見たことのある同じ中学の人たちが数人いるが、窓際には一人もいない。

 早速地獄同然のぼっちになるピンチ。

 ……いや逆を返せば、これは青春イベントを起こす絶好のチャンスだ。


 隣の席にいる人と喋って仲良くなる……。

 あぁ。一度やってみたかったことだ。


 俺は人生初のわくわくを胸に自分の席に向かった。


「よいしょ」


 気持ちだけいっちょ前だった。


 なので隣に座る女の子になかなか喋りかけることができず、無視して荷物整理を始めてしまった。


 って、これじゃダメだ!

 青春イベントは自分から起こさないといけない……。

 隣に座ってる茶髪ショートカットの女の子に喋りかける、のか。

 スマホをいじっていて、喋りかけてほしくない空気がビンビンに伝わってくる。


 最初のイベントにしてはハードルが高い。

 ここは……喋りかけるのがさも当たり前のようにいこう。

 

「ども。これからよろしくね」


「……よろしく」


 茶髪ショートカットさんは素っ気ない返事をし、再び無言でスマホをいじり始めた。

  

 完全に隣の席にいる人なんて興味がなさそう。

 多分この人は自分の世界に入って、他人を気にしないタイプの人。

 でも、興味をもたせれば喋ってくれるはず。


「もしかしてそのスマホって、パイナップルの最新モデルじゃない!?」


「あーわかっちゃう?」


 俺のことを見てくれた。 

 微笑んでいて嬉しそう。

 

 かんぱ入れず返事してきたってことは、この子スマホから喋りかけてくる人でも待ってたのかな?


 何はともあれ、これはまだスタート段階。

 最初はあまり仲良くなかったけど、日が経つに連れ仲良くなるってのが青春の醍醐味だ。


「わかるわかる。だって最近めちゃくちゃCMやってんだもん。よく手に入れられたねぇ〜」


「私こう見えてパイナップル社がつくる製品、全部持ってるんだよね」


「え。すごっ」


 パイナップル社の製品はどれも一般家庭が背伸びをして買うような、高値がついている。

 それらを全部持ってるって、この子の家お金持ちなんだな。

 

 喋りながら同級生のことを知る……。

 これが俺のしたかった青春ってやつだ!


「あっそういえばお互いまだ名前言ってなかったよね。私は長月ながつき冬花ふゆか。あなたは?」


「俺は服部鷹斗。改めて今日からよろしく」

 

「うん。よろしくっ」


 キラァ〜ンと、流れ星が落ちてきそうなキラキラした笑顔の長月さん。


 とりあえず、出だしは好調ってところか。

 実を言うとここからが本当に俺がしたかったこと。

 したかったこととは……高校初日の鉄板話題とされている、「君どこ中?」だ!


 一見話題がなく適当に喋る内容を探っているように思える、この質問。

 地域に詳しくない俺にとって、特に意味のない質問。

 

 だがしかし! 

 青春を送るためには、言う必要がある。


「君ど……」


 言うとしたそのとき。

 長月さんの後ろから由佳がぬるっと顔を出してきた。


「なに?」


 由佳の目、完全にキマってる。

 めちゃくちゃ目合うし……。

 なんなんだよ!


「い、いや。別になんでもない」


「なんでもないってことないんじゃない?」

  

 しびれを切らしたのか、由佳は俺たちの正面に移動して話しかけてきた。

 よくわならないけどご機嫌斜めで腕を組んでいる。


「えっと。あなたは?」


「ふふふっ。私は」


「こいつは俺の幼馴染だよ。うん。ただの幼馴染だから!」


「あ、う、うん。そうなんだ」


 念を押したせいで変に勘違いさせちゃった気がする……。


 まあでも、由佳に「私はたかちゃんといつも一緒にいて、ものすごく仲が良い幼馴染だよ。あなたなんなの?」などと言わせなかったからいいか。 


「ただの、か……」


 由佳はわざと俺たちに聞こえるように小声でつぶやた。

  

 あたかもなにか裏がありそうな、神妙な顔つきになり、小さくため息。


 直接的に言わず、相手の想像にすべてを任せるなんて……。くそっ。この手があったか。

 

「な、なるほど。服部くん。幸せにするんだよ」


「なんでそうなった!?」


「え。いやだって、ただの幼馴染じゃないってことはそういうことでしょ? 全部私の口からなんて、言えないよ。言われたくもないでしょ。もう、恥ずかしっ」


 長月さんって想像力豊かなんだなぁ〜。

 言えない恥ずかしいことって……なんなんだ?

 って、そんなことより訂正しないと。


「それは完全に勘違いだから」


「うんうん、わかった。そういうことにしておけってことね。サーイエッサー!」


「いやだから」


「たかちゃん。そんな言わなくても、ふゆちゃんはわかってくれてるよ。私たちの関係が普通の幼馴染じゃないってことくらい」


「おい。なんだそれ」


「服部くん。大丈夫だから。私は全世界にいるねこちゃんに誓って、このことを他人に口外しないよ。信じて!」


 あー……もうこりゃ、何言ってもダメだな。


 訂正はした。だからこの長月さんが言ってるのは勝手な妄想なんだ。俺は悪くない。   


「おーい。着席しろー」


「おっ始まるみたいだね」


 女教師の声で、隣の席の人との青春イベントは強制的に終了。

 結果は由佳との関係を勘違いすると言う、最悪の結果で終わってしまった。


 最初は上手くいってたけど……やっぱり、由佳が来ると全部無駄になっちゃう。


 でも、ここでくじけるな俺。切り替えろ俺。

 まだ青春イベントは残ってる。


「……こっちから自己紹介してくれ」  


 そう。自己紹介という青春イベントが! 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る