第5話

「まずは自己紹介やな」

 白鳥の従兄妹であるという男は、バス停に着くとそう言った。

 おれ達が今から向かうこいつの家には、バスを数本乗り継いで行くらしい。

「わいの名前は逢坂薫や。逢坂の関の逢坂に、源氏物語に出て来はる光源氏さんの息子と同じ薫や」

 逢坂の関は何処かで聞いたことがあるが、光源氏の息子の名前なんて知るか。

「まあ、実際には源氏さんの息子やないんやけどな。色々と複雑やねん」

「薫は古典に詳しいのよ」

 この逢坂薫という男は、外見に似合わず、意外と博識なのかもしれない。

 ちなみに、こいつの外見は爽やかな体育会系だ。新任の体育教師にいそうなタイプ。

「おーさかのせき?」

「げんじものがたり?」

 恵美と勝也が、揃って首を傾げる。

「すまへんなぁ。チビちゃんたちには、まだ分からへんよなぁ」

 そう言って、腰を屈めて二人と同じ視点になった。

 それから、爽やかでとても人の良い笑顔で言った。

「まあ、難しいことは置いといて。わいのことは薫お兄ちゃんって呼んでな」

「うん、私は恵美だよ! よろしくね、薫お兄ちゃん!」

「僕は勝也! よろしく、薫兄ちゃん!」

 なんか、一気に場の緊張が解れた。

 白鳥が子ども嫌いオーラを出していたせいで、弟たちは変に緊張してしまっていたのだ。

 白鳥が子どもに懐かれる姿は全く想像出来ないが、この人は、絶対に子どもに好かれる人だ。

「薫は、私たちと同い年よ」

 身長はおれよりかなり高く、けっこうガッシリした身体つき、対応は年上のお兄さんという感じだが。

「そやで、大阪府立清風男子高校のもうすぐ二年生や」

 男子校なのか、へえ~、ということは置いといてだ。

「同い年ってことは、敬語じゃなくてもいいってことだよな」

「もちろん、ええよ。名前も呼び捨てで構わへんし。それに、わい、敬語はちと苦手やねん。フレンドリーにいこうや」

 フレンドリーという言葉がよく似合う笑顔だ。

「ああ、うん。……そういえば、さっきはゴメン。いきなり怒鳴っちゃって」

「そんな、謝らんでもええよ。気にしてへんから」

 おおらかだなあ……。

 あの白鳥の親戚だとは思えねえ。

 そういえば、何か忘れてるような。何だっけ?

「……あっ、まだおれの自己紹介をしてなかった。えっと、名前は高村秀。高い村って書いて高村。秀は優秀の秀」

 ついでに、もう一人の弟も紹介しておこう。

「で、あいつが次男の優。優秀の優の方」

「……ええ、名前やね。優秀で勝ったり恵まれたり」

 名前まで褒めてくれた……。

「な、なんかどうも。……まあ、よろしく」

「こちらこそ、よろしゅうな、秀。……あ、洒落になってしもたな」

 このギャグは関西弁でしか出来ねえ。

「フン、何だよ、その寒いオヤジギャグ」

 失礼なことを言ったのは、優だった。

「お前、失礼だぞ。ほら、謝れ」

「嫌だ」

「ゴメン、こいつ、最近機嫌悪くて」

「構へん、構へん。な~んも気にしてへんよ」

 笑って許してくれた。

「あ、美和子の自己紹介がまだやったな」

「え、一応したけど」

「どうせ、美和子ろくに話してへんやろ?」

「…………」

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