第13話 やっちゃいました

「ではいくぞ。ついてきなさい」


俺が精霊術が成功したのを見て父親は満足そうにうなずき、そして俺を連れて行った。


会場の上座にあたる関係者席だ。

母親のかぐやや、分家の凪麦達もいた。

それ以外にも母親と同じくらいの女性もいた。誰だろうか。



やがて先ほどとは異なる儀式用の衣服を着た祖父が登壇し、開会の言葉を述べた。


「さて、今年も無事に皆と共に新たな春の風を迎えられたこと、まことにめでたい事でございます」


この儀式の名前は『春風の儀』


これは、厳かな儀式というわけではなく、皆で集まって今年も無事に乗り越えましょうという儀式らしい。


去年一年に起きた目出度いことや不幸なことを述べ、それらに対しての感想。

そして今年一年はどのような年にするのかをこの周辺を治める風間遊家としての抱負を述べるという場だ。


というかそう述べていた。

毎年聞いているからか、儀式に参加している人たちも特に何かあることない。


そして奉納品をささげてくれた人達の有力者や村の名前を読み上げていった。


「さて、では毎年皆が楽しみにしている新年の風飛ばしの儀を行いましょう」


一通りの言うべきことが終わったのが祖父がそう宣言すると、来ている人たちの拍手が起こった。

本当に楽しみにしているんだな。


「今年は当たるといいな!」

「去年当たったやつは街一番の美人と結婚したらしいぞ」

「さすがにそりゃ嘘だろう」

「本当だって」


「今年の新たな精霊術師はどこまで行くか」

「第1岩まで行くかね?」

「それよりも風告様や凪麦殿が『風山』を得るかどうかが気になるな」


次の儀式には興味津々なのか、みな興奮しながら話していた。



『風飛ばしの儀』


これは俺が先ほどやったように、モノを浮かせる儀式だ。

あれがどれだけ高く飛ばせるかで、どれだけ精霊に愛されているか、精霊術師としての技量が見れる。


当然、高く飛べば飛ぶほどに精霊術師としての才能があることになる。


そして飛ばしたものが地に落ちるときに当たると風の加護が宿るといわれているのだ。

結婚式のブーケトスみたいなものかな。

もらったら次に結婚できるといわれる奴だ。


第1岩や頂岩はどこまで飛ばしたかの指標だ。

第1岩はここから山頂までを10分割して一つ目に当たるところにある岩のことだ。

『風山』とは称号だ。山頂にある岩まで飛ばせばその称号がもらえて、晴れて上級精霊術師を名乗れるらしい。


…まぁ、これには間違いがあるが、それは後で話そう。


当たったら痛くないのかと思ったが、そのために大きく軽めの種が選ばれているらしい。それにこの場合はふわりと落ちるようにもできているとか。


「初めに、分家の精霊霊術師から始めましょう。まずは幼き精霊術師たち、前へ」


という言葉から、分家の子たちが立ち上がり、前に出た。

分家のおそらく成人前の精霊術師たちだろう。


先ほど一緒にいた那奈も親に連れられているし、中学生くらいの年齢の子もいた。


それぞれが広間に設置された台の前に立った。台には種が入っている皿が乗せられている。


彼らはを出している精霊への命令を出す。


ふわりと大きめの種が浮く。


「おー」


会場から歓声が沸いた。


浮いた種はそのまま大体第1岩から第4岩のところまで浮いていった。


那奈の種は無事に第1岩のところまで浮いていったと思う。


あそこら辺までは普通に浮くんだろうな。


落ちてきた種に当たった人が嬉しそうにしている。



「次に、分家の精霊術師達、前へ」


今度は凪麦達、成人した精霊術師達が出てきた。


彼らが詠唱すると、今度は第8岩くらいまで飛んでいった。


「おしい! もう少しで頂岩までいけた!」

「凪麦様おしかったなぁー」


皆は凪麦に注目していた。

どうでもいいけど、みんな種がどこまで行ったのかわかるんだな


「次に本家の幼き精霊術師達、前へ」




祖父の言葉と共に俺は父親に立たされた。来ていた人たちが皆注目する。


「がんばって」


母親の言葉を後にして、俺は台の方へと連れられる。


その時空気が微妙に変わっていくのを感じた。

会場に異物が紛れ込んだような空気。


「白髪だぞ、どっちの子だ? 本家か? 分家か?」

「わからん。いや、風告様が連れているから本家だろう。しかし、大丈夫かな」

「…緑髪ではないのはな」


先ほどの興奮が徐々に冷えていき、ひそひそ声が増えた。

彼らから見れば、白髪は異端になるらしい。

いや、精霊術師からしてもだったな。


台の前に立ち、深呼吸。


「先ほどの通りにやればいい」


父親の声が聞こえる。

だがそうはいかない。先ほどの通りではだめだ。



さて。


俺の髪が周囲に異端として見られているのは、ある程度予想はついた。

だが、これからのことを考えると、逆にこの髪色を吉としたほうがやり易い。


つまり、ここは思いっきりの力で浮かせてやった方がいい。


いつの間にか隣にいた風間山の主であるユリカが俺に微笑みかけた。


「好きにやれば?」

「ああ、そうする」

「?」


ユリカの声が聞こえていない父親が俺を不審な目で見つめる。


俺は台から離れて、貢物が山の様に積まれている場所まで歩いた。


「?」


俺の様子に父親はおろか会場に来ていた人たちも不審な目で見ていた。


貢物の前に立つと両手を広げる。


そしてニーラ・ヤーラ達にお願いする。

彼女たちは俺の気も知らずに頭の上に立ち、髪で遊んでいた。


「ニーラ・ヤーラ達、これを思いっきり飛ばしてくれる?」


ニーラ・ヤーラ達はぱちくりと瞬きをした後に大きくうなずいて、奉納品の山の周りをグルグル、グルグルと走り回り始めた。


俺はそこに緑色の霊力を大量に注ぎ込む。


すると、最初はふわりと風が起きて端にある奉納品がころんと動く。

次第にカタカタと動くものが増えていき、やがて風が大きくなり、小さな竜巻となる。


「みんなも遊んでおいで。あれを一番高くまで飛ばした子が優勝だ」


そういうと俺の周囲にいた精霊たちにそれぞれの霊力を注ぎ込んだ。

他の精霊たちも一緒に遊び始めた。


ニーラ・ヤーラ達と一緒に回ったり、奉納品に紛れ込んだりしている。

やがて巨大な竜巻ができた。


グルグル、グルグルと回り、勢いがつくと自分たちも空に浮かび上がった。


声なき精霊たちの楽しそうな声が聞こえる。


「おい、なんだこれは」


父親が驚き、後ろでも観衆がどよめいているのがわかる。

俺は構わずに精霊たちに細かく分けた霊力を配る。


奉納品の種たちがどんどん、どんどんと登っていき、山の中腹を超えて、山頂に届き始めた。

渦巻く奉納品たちの間を飛びながら遊んでいた精霊達は楽しくなったのか、それぞれ属性を奉納品に向けて出し始めた。


奉納品の種たちは複数が集まって赤い炎によって燃えたり、緑の風に切り刻まれたり、青い水の塊となったり、黄色い電気が走ったり、茶色の土で固められたりした。


正直、この光景は不格好だ。


様々な現象が様々な色をだしていく。

店にあるすべてのペンキを適当にぶちまけては消えていく。

そんな光景が上空に広がっている。


そして種の渦は山頂を簡単に超えていく。

不格好な渦は雲の高さまで登っていった。


風の力によって、奉納品を雲まで飛ばす。

これによって得られる称号がある。


その名を『風雲』


かつての上級精霊術師はこの高さまでゆうゆうと飛ばしたという。

だが、かつての力から遥に弱体化してしまった精霊術師では、そこまでの高さまで飛ばす精霊術は出来なくなっていた。


今では『風雲』よりもはるかに下の『風山』にすら届かなくなり、弱体化したことを隠すかのように、その『風山』を上級精霊術師の基準とした



「不格好だな」


俺はぽつりと漏らした。

これが上級術師としてのお披露目だというのに、出てきたのは子供が描いた絵だ。

いや、まあ確かにまさに子供が描いた絵なんだが。


「そう? 私は好きよ。他の精霊たちも喜んでるし」


精霊達は霊力を用いて一通り楽しんだことに満足したのか、笑いながら俺のもとに帰ってきた。


「やっちまったな」


会場では誰も声をあげず、ただ唖然とした様子で上を見上げるばかりだ。


パラパラと上から奉納品が落ちてくる。

その音は新たに誕生した精霊術師に対する、世界からの拍手に聞こえた。

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